キ ス
三蔵は悟空の泣き顔が苦手だ。
一時も同じ表情をしていない悟空の表情の中で、本当に泣き顔は苦手なのだ。

笑って。
むくれて。
笑って。
拗ねて。
笑って。
膨れて。
また、笑って。

小首を傾げて。
困って。
考えて。
笑って。

天を仰いで。
地を愛でて。
笑って。

眠って。
起きて。
走って。
歩いて。
また、笑って。

じゃれて。
甘えて。
強請って。
やっぱり笑って。

片時も留まらぬ笑顔と百面相。
気持ちが柔軟で、感性が豊かで。
聡くて、鈍い。

明るい日向そのものの悟空の容に降る透明な雫。
その姿は痛くて。
壊れそうで。
儚くて。
その原因の大半は自分だと分かっているから、三蔵は天を仰ぐ。




そして覚えた一つのまじない。




濡れた頬に唇で触れる。
濡れた睫毛を唇でなぞる。

額に触れ、鼻先に触れ。
そして、口元に触れ。

「…これ、何?」

訊かれて三蔵は小さく笑い、涙の溜まった金瞳にまた触れた。

「まじないだ」
「まじない?」
「ああ…」

瞬くたびに雫がこぼれ落ちる。

「何の?」
「何のだろうな…」
「さんぞ?」

小首を傾げて見やる紫暗は柔らかく綻びて、悟空の黄金も綻びた。
柔らかく降る三蔵の唇は、やがて悟空の桜唇にゆっくりと舞い降りた。

それは涙を止めるまじない。

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