喧 嘩
「三蔵のバカぁ───っ!」

ばあんと宿の部屋が揺れる程の振動でドアが叩き付けられるように閉じられ、床板を踏み抜くんじゃないかというような荒々しい足音が宿の外に向かって行った。
その喧騒が消えてしばらくは、しんんと静まりかえった部屋。
息を吐くのも躊躇われる程の沈黙の後、苛立たしげな音を立てて煙草に火が付けられた。

俺は傍らで呆れきったため息を吐いた八戒を見やった。
すると、翡翠の瞳が飛び出して行った悟空の後を追えと、言ってくる。

「煙草買ってくるわ」

苛つきながら煙草を吸っている三蔵の背中にそう言って、八戒には片手を上げて見せて、俺は部屋を後にした。




「さて、小猿ちゃんはどこに行ったんだ?」

宿の前の通りを見渡せば、斜向かいに小さな公園を見つけた。
悟空は三蔵と喧嘩すると大抵、宿を飛び出していく。
側に居たら三蔵にもっと酷いことを言いそうで嫌なんだと、随分と前に聞いた気がする。

だけど、喧嘩なんてそんなもんだろうが。

売り言葉に買い言葉。
言っちゃいけないと思っても歯止めの利かなくなった刃のような言葉がお互いを傷付ける。
お互いを思う程に、投げ付けられる言葉は鋭く、相手の気持ちを抉る。

だから、喧嘩両成敗。

どっちも反省して、お互いを認め合えば治まる。
それが喧嘩だ。

言葉で身体で傷付け合っても、そこに想う心が在れば通じるし、仲直りは出来る。
事実、あいつらはそうやって今まで一緒に生きてきたんだろうに。
それでも、仲直りには勇気がいるらしい。

「面倒臭いって…ホント」

公園の奥、ブランコに悟空を見つけた。
俺の足音にはっとして顔を上げ、待っていた人間でないことに気付いてあからさまに落胆する。
わかってんなら毎度毎度、飛びなすなと、言いたい。

「三蔵さまじゃなくてざぁんねんでした」

言えば、

「わかってるもん」

と、むくれた返事と一緒にか細い「ゴメン」が聞こえた。

「反省は?」

問えば、

「………してる」

と、返事が返った。

「なら、ちゃんと謝れ」

言えば、ブランコの鎖を握る手に力が入った。

「…ま、お前の勝手だけどな」

ぽんと、悟空の頭を叩いて俺は踵を返した。

「……悟浄…?」

顔を上げた悟空に公園の入り口を指差してやった。
そこには三蔵が不機嫌全開の顔付きで立っていたからだ。
その後ろに八戒の姿を見つけて、俺は口元を綻ばせた。

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