誕生日
三蔵の誕生日は十一月二十九日。
悟浄の誕生日は十一月九日。
八戒の誕生日は九月二十一日。
で、悟空の誕生日は四月五日。

どうして誕生日があるのだろう。
疑問に思って悟空が三蔵に問いかけたのは、まだ三蔵と暮らし始めて間もない頃のような気がする。

そもそもなぜ、誕生日を気にしたか。
それは、遊びに出掛ける街で知り合った友人達の所為だ。
いつも、一緒に遊んでいた友人の一人が、誇らしげに告げた、そのことが切っ掛けだった。

何を言っているのか、理解出来なかった。
何故と、訊くのも憚れる雰囲気に悟空は小首を傾げながら、訳がわからないまま、みんなが友人におめでとうと言うから、同じようにおめでとうと言って、いつになく豪華なおやつをお相伴して帰った。

だから、帰るなり、ずうっと疑問だったことを三蔵に問いかけた。
すると、三蔵は驚いた顔で悟空の顔を見つめた後、大きなため息ともつかない吐息を吐いて、答えてくれた。

誕生日、それは自分がこの世に生を受けた日なのだそうだ。
家族に望まれて、たくさんの喜びと共にこの世に生まれた日だと、教えて貰った。
だから、その日は生まれてきた喜びと、生んで貰った感謝と、ここまで無事に成長できたことを感謝し、喜ぶのだと。

ああ、だから友人は誰かからも祝福されていたのだ。

なら、最高僧三蔵法師である悟空の養い親、三蔵もみんなに祝福された誕生日を迎えているはずだ。
訊けば、苦虫を何匹も噛み殺したような顔付きと、煮え切らない返事が返ってきた。
どうしてかと、尚も食い下がって聞き出せば、三蔵は孤児で、本当に生まれた日はわからないという。
今の誕生日は、三蔵を育ててくれた人が、三蔵を拾った日を便宜上誕生日と付けてくれたものらしい。

それは、悟空と同じではないか。

気付いた悟空が嬉しそうに言えば、心底嫌そうに三蔵は顔を顰めたのだった。

でも、と、悟空は思う。
生まれた日がはっきりしなくても、今、現在、ここにこうして三蔵がいてくれて、悟浄がいて、八戒がいる。
そして、自分が三蔵達と一緒に生きている。
それだけで十分だと。
生きて一緒にいて、同じ時間を過ごして、未来へ歩いて行く。
それだけで、幸せだと。

顔も知らない三蔵達をこの世に生んでくれたそれぞれの親に、そう言って感謝したいと。
同じ時間に生まれたその奇跡に。
出逢えた奇跡に。

だから心から「お誕生日おめでとう」と、あの人達に伝えたい。

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