大嫌い
「三蔵なんて大っ嫌いだ!!」

その大声に一瞬、耳が聴力を失う。
それほどの大音声を発して、悟空は三蔵に怒りをぶつけると、荒々しい足音を立てて寝所を飛び出して行った。
悟空が走り去った寝所には、砕けろと言わんばかりの力で開いて閉じられた扉の立てた音の反響と三蔵の大きなため息が残っていた。

「…三蔵様…?」

事の一部始終を見ていた側仕えの僧侶は、困ったような声音で三蔵に声をかけた。
それに三蔵は答える代わりにまた、ため息をこぼし、先程から火も付けられずにいた煙草にようやく火を付けた。
そして、ゆっくりと吸う。
煙草の苦みが悟空との言い合いで疲れた気持ちに染みた。

「ほっといていいんですか?」

煙草を吸い出した三蔵に部屋を飛び出して行った悟空を気遣う側仕えの僧侶に、

「いつものことだ、放っておけ」

そう言って、三蔵は旅支度を再開した。

「は…はい…」
「笙玄、急げ」
「は、はい!」

じっと、悟空が飛び出していった扉を見つめる笙玄を急かし、三蔵は支度を整えてゆく。
その中で、また、ため息がこぼれそうになって、三蔵はくわえていた煙草を灰皿にねじ込むようにして消した。

耳に残る悟空の声。
毎度毎度懲りずに拗ねて怒って、感情のままに三蔵に当たり散らして。

「…ったく…」

その度に聞かされる「大嫌い」の言葉。
それは意外にもかなりの威力を持って三蔵の気持ちに突き刺さる。
そう、思う以上に何処かしら傷つく自分がいて。

だから、言われたことと反対の言葉を聞きたくなってしまう。
だから、柄にもない、らしくないことをしてしまう。

「バカ猿が…」

呟きはため息に消えて、三蔵は支度の整った荷物を持つ側仕えの僧侶に待っていろと、伝えて。
結局は甘い自分に腹を立てて。
それでも───

荷物を抱えた側仕えの僧侶を残し、先程は違う荒々しさで寝所の扉は開いて閉じられたのだった。

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