もう少し
最近の三蔵は働き過ぎだと、悟空は執務室の窓から見える三蔵の姿にため息を吐いた。

春にはたくさんの大事な行事があることは、世事に疎い悟空でも知っている。
節分、春節、涅槃会、大護摩祈願に灌仏会。
小さな行事も加えれば、三蔵に休む暇などないことも良く理解している。
だから、朝ご飯も、昼ご飯も、おやつも、晩ご飯も、一人で頑張って食べているし、迷惑をかけないように、邪魔しないように昼間は裏山へ行っている。

たくさん我慢している。
悟空がこれほど我慢しているのだから、三蔵はもっと我慢しているはずだ。

ヘビースモーカーの三蔵が煙草を吸う暇さえないし、渋茶が好きで、お茶請けにはあんこの入った饅頭を楽しみにしていたのに、そんな時間なんてない。
山と積まれた書類と格闘し、会議だと部屋に長い時間閉じこめられ、説法だ法要だお勤めだと、狩り出される。
その上、三仏神からの呼び出しまで加われば、猛烈サラリーマンどころか、過労死しかねない。
それでも、一時のことだからと、三蔵は不機嫌な顔付きで、仕事をしている。

何より面倒くさがりの三蔵が。
サボることと逃げ出すことを趣味みたいに楽しんでる三蔵が。
何か心境の変化でもあったのだろうか。
それとも心を入れ替えでもしたのだろうか。

思うことは、三蔵が聞けば怒ること請け合いなことばかりだけれど、それ以上に身体を壊して倒れてしまうのではないかと心配になる。
本当は真面目で、どんな時も真摯な三蔵だから。

「……さんぞ…」

窓硝子にもたれて名前を呼んでも執務室にいる三蔵から応えは返ってこない。

「大丈夫…かな……?」

綺麗な姿にどこか影が差して、疲れているのが見える。

「…倒れないでくれよな…」

顔を見て言えば、いらない世話だと一蹴されるこはわかっているから、ここで願う。

「…さん…ぞ…………しい…よ…」

吐息のように弱音を吐いて、悟空は三蔵の姿を見つめたまま、いつしか眠り込んでしまった。

風は温かく悟空を包み、いつの間にか芽吹いて葉を茂らせる新緑の葉陰は、悟空を守るように梢を揺らす。
大地の御子の寂しさを少しでも軽くしようとでもしている風に。

と、眠る悟空の顔に影が差した。
それは、そっと悟空の頬に触れ、髪に触れ、羽根のような口付けを落として、

「もう少しだからな…」

愛しそうに耳元で呟いた。
そして、もう一度、悟空の頬を慈しむように触れ、影は晴れた。



やがて目が覚めた悟空は、耳に残る言葉にどこか安心したような笑顔を浮かべ、大事そうに頷いたのだった。

───……もう少し……

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