始まり |
その子供はそこにいた。 いつからそこにいるのか思い出せないほどの永い時。 風が謳い、風が誘う。 柔らかな温もりが花達の香りを運び、澄んだ空が深緑の息吹を伝える。 痛みを伴う冷気が白いベールを広げれば、子供の瞳から色が消えた。 季節は巡り、時は歩む。 冷たい戒めに伸ばした幼い手は何度も空を掴み、見上げる先は切り取られた空。 覚束ない記憶の断片をつなぎ合わせても、呼ぶ名前すらなくて。
風が大地の実りを伝える頃、子供の胸に灯りが灯った。 微かに綻ぶ子供の口元。 深淵に光が差した。
その人は太陽を頂いていた。 切り取られた風景に降り立った人。 見上げる姿に子供は息を呑み、円らを見開いて。 そして──── 差し出された手。
今、世界が始まる。 |