寝不足
「でっけぇあくびだな」

久しぶりに遊びに来た悟空が、何度もする大きなあくびに、悟浄は呆れた顔をする。
昼前に遊びに来てから何度目になるだろうか。

「寝不足ですか?」

昼食の箸を握ったまま、船を漕ぎ出した悟空に八戒が心配そうに尋ねる。

「…ん、大丈夫…」

ゆるゆると頭を振って、幼い仕草で目を擦り、はんなりと悟空は笑ってみせた。

「そう、ですか?」
「うん。あ、八戒、これも食べていい?」
「いいですよ。たくさん食べてくださいね」
「サンキュ」

悟空が差した皿を前に持っていってやりながら、八戒は優しい笑顔を浮かべた。
悟空は目の前に置かれた料理を嬉しそうに頬ばり、食べては、あくびを噛み殺す仕草を繰り返す。

「お前、それ喰ったら寝ろ」

見かねた悟浄がそう言えば、悟空はこくんと素直に頷き、

「…そうさせ、て…」

言いながら、ことりと眠ってしまった。
かくんと身体から力が抜けて顔が料理の残った皿に突っ込みそうになるのを間一髪、悟浄が襟首を掴んで阻止する。
八戒は悟空の方へ食卓を周り、そっとその身体を抱き上げた。

「相変わらず軽いですねぇ…」
「燃費がわりぃやつだからな」
「ですねぇ」

八戒が進む先のドアを開け、寝室のベットの掛布をめくりながら悟浄が笑う。
ベットに幼い悟空の身体を横たえ、寝苦しいだろうと襟をくつろげた八戒の手が止まった。

「…悟浄」
「あぁ?」

緊張した声で呼ばれて、八戒の手元を覗き込んだ悟浄の表情が固まった。

しばしの沈黙。

そして─────

「…参ったねぇ」
「困りました…」

大きなため息が二人の口から零れた。
見下ろす子供は安らかな寝息を立てて眠っている。
その胸元に咲いた紅い華。
何の痕かぐらい知らない二人ではない。

「いいんですけど…」
「いいんだけどよぉ」

その痕が二人の愛し子にある。
その上の少し疲れた表情と寝不足。

「ほどほどって…無理なんですかね」
「訊くなよ」
「でも…」
「普通の男だってことだよ。ただ相手がこいつって言うのが問題なだけで」

苦笑を漏らす悟浄を見上げて、八戒はもう一度大きなため息を吐いた。

「それだって悟空が幸せなら問題はないって思ってるくせに」
「お前もだろ?」
「そこが腹立たしいというか、なんというか…」
「いいんじゃねぇの?」
「そう…ですね」

八戒は諦めたように肩を落として、悟空に掛布をかけてやった。
そして、そっと悟空の髪に触れると、踵を返したのだった。



夕方迎えに来た三蔵が散々、八戒に嫌みを言われ、悟浄からかわれたのは言うまでもない。

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