誰よりも大切なあなたと過ごしたい。 チョコレートよりも甘い時間を――――・・・
Sweet Silence
「ったぁく、いい加減あいつにも片付け覚えさせないとな」 あらゆる調理器具がばら撒かれたキッチンは甘いような臭いような何とも言い難い妙な匂いが充満していた。 「八戒の奴、悟空に料理教えんのは良いけど片付けも教えさせろよな」 八戒の教えあってか、悟空は年齢の割に料理は得意の方だった。 かと言って作る上で直結している片付けは最悪が付くくらいダメだったが。 「片付けねーと夕飯も仕度も出来ねえっての」 ワインレッドの長い髪を一つに纏めた悟浄は早速、愛娘が散らかした残骸を片付け始めた。
「あ〜あ、湯に浸けとかねーと落ちねえなこれは。 うわっ、もち米が固まってんじゃねーか。マジで落ちねえぞこれ」 出しっぱなしの計量器は白い粉を被り、フローリングの床も汚している。 「はあ・・・」 この日だけはキッチンが大掃除だが、これが毎年続くのかと思うと悟浄の口から深い溜め息が零れる。 「今日の夕飯は二人分でいいか」 もう一つの理由で、痛くなる頭を抱える悟浄だった。
親の苦労 子知らずと言うべきか。 悟浄が頭を抱えていることも知らず、悟空は上機嫌で歩いていた。 歩いた場所には花が咲き乱れているのではないかと言うほどに足は軽やかにステップを刻み、開花の時期には早過ぎるというのに、悟空は笑顔の花を咲かせる。 「へへっ、那托には渡したし・・・李厘と交換もしたし・・それから紅孩児とぉ・・・」 悟空の手にあるのは小さな紙袋。 中には二つの包みがある。 一つは悟空の作った物と李厘が買ってきたものを交換したもの。 普段食べたことのないような珍しいチョコを李厘から毎年もらっているのだ。 バレンタインというものを知った年から。 と言っても知ったのは二年ほど前のことなのだが。 回りの女の子たちがしていることによって知ったというわけだ。 昨今の小学生は早熟だというが、悟空たちがバレンタインを知った年は二年生の時だった。
「今度こそ、美味いって言わせてやるからな」 そして、もう一つは去年からのリベンジを掛けた本命への贈り物だった。
初めて知った年には、時期が遅く作ってる時間も無かったためおやつのお徳なアルファベットチョコ数個だった。 次の年は気合いを入れてハート型のチョコレートケーキにしたら甘過ぎて食べ切れないと言われてしまいショックを受けた。 結局、二人で食べ切ったのだが。 今年こそはと思い、去年からリサーチを掛けて好きな物を作ったのだ。 「三蔵・・・喜んでくれるかな。光明は大丈夫って言ってくれたけど・・・・」 三蔵の祖父である光明は悟空のことを孫のように可愛がってくれている。 いや、孫のお嫁さんのようにか。 三蔵の趣味・思考を熟知した光明が大丈夫だという太鼓判を押してくれたのだ。 ならば大丈夫だろうと不安げな気持ちを振り切って通い慣れた三蔵の家へと足を早めた。
「こんにちは〜vv」 勝手知ったるや、門を抜けて玄関へと直通で通って来た悟空にメイドは主である光明を呼ぶ。 「光明〜ぉ、三蔵は?」
「ああ、いらっしゃい空ちゃん。三蔵ならまだ大学の方でしょうけど直ぐに戻って来るんで部屋で待ってて下さいね」 「うん!」 「じゃあ、後でケーキ持って行きますね」 「うんっ。ありがと光明」 2階の三蔵の私室へ迷うことなく向かう。
「あ・・・片付けるの忘れてましたね」 微笑ましく悟空の後姿を見送っていた光明だったが、ちょっとした見落としがあったらしく、反省の色を浮かばせていた。 「すみませんね。三蔵」
「何ふて腐れてんだ?」 帰って来た三蔵は部屋に戻るなり不機嫌な悟空と対面した。 三蔵の留守中に悟空が遊びに来て、部屋で待っている事はよくあるので、今更、部屋にいることを気にすることはないのだが三蔵の顔を睨み付ける金眼に居心地が悪い。 「別に」 「別にじゃねえだろ。お爺様が持って来たケーキも食ってねえし」 何時もの悟空の飛び付いて平らげているところだ。 明らかに様子がおかしい事に気付いてはいるが、三蔵にその理由は分からない。 「悟空・・・」 不意に三蔵の眼に映ったのは、隠す様に悟空のスカートの端から覗く紙袋だった。 「そう言えば、今日だったな。それは俺にじゃないのか?」 「あっ!」 悟空が奪われた紙袋を取り帰す前に、高く抱え上げられた紙袋は悟空の腕では届かない。 中に入った二つの包みの内、少し不恰好に包装された包みを取り出す。 「返せよ。三蔵いっぱいあるからいらないだろっ?」 「?何言ってやがる」 「だって・・・部屋の外にダンボールいっぱいあった」 「ダンボール?・・・・そうか」 悟空の不機嫌な理由が判らず、三蔵の機嫌が下降を辿っていたが判った理由に思わずほくそ笑んでしまう。 「バレンタインのチョコあんなにもらってんじゃ、俺からなんていらないだろ」 悟空は声は殆ど泣き声になっている。
「ふ〜ん、てめえ妬いてんのか」 「・・・・・だって」 「バーカ。俺はお前以外から受け取ったことはねえよ」 この言葉に間違いはない。 財閥グループの御曹司というだけで群がってくる人間は多いが、その上、三蔵は若く容姿も人並み以上に優れている。 モデル業界などにいても遜色することなどない容姿だ。 嫌でも近付こうとする女は多い。 もちろん一切の行事やイベントに興味のない三蔵はそれらを切り捨ててきたが、それでもという逞しい女性は何処にでもいるもので、面と向かって受けとって貰えない事は判っているのでわざわざ、宅配に頼んでまで送っているのだ。 しかしながら、それらが三蔵の口に届いた事は唯の一度としてなかった。
「ホントに?」 「ああ」 三蔵自身が受け取ったのは後にも先にも悟空からだけ。 だから初めて貰ったのは、二年前のアルファベットチョコだった。 「三蔵、チョコレート得意じゃないだろ?」 包みを開けて出て来たのは、可愛らしいピンク色した桜餅。 微かに眼を見開いた三蔵に悟空は説明を加える。 甘いものは苦手ではないが、確かに洋菓子の甘ったるさは苦手な部類だった。 初めてもらったチョコはビターだった為、そんなことは気にならなかったが。 去年のケーキを食べた時、苦手としていたのを悟空に見抜かれていたらしい。 「ちゃんともち米買って来て、あんこも作った手作りだからな」 「そうか」 小さな箱に三つほど並んで置かれている。 「光明が三蔵は饅頭が好きだって言ってたから饅頭でも良かったんだけど、ピンクな桜もちの方がバレンタインっぽかったからさ」 だって、なんかさ、可愛い感じがするじゃんと笑う悟空に、三蔵は眼前の少女の方が可愛いと思う。 「なぁ?美味しい?」 「そうだな」 葉の漬け具合も味もしっかりして美味しかった。 出来たてな部分から言えば買ったものよりも美味しいだろう。 「もうっ!ちゃんとハッキリ言って・・・・・」 ふんわりと文句を言う悟空の小さな唇を掠め取った温もり。 「あ・・・・・・」 「餅と同じ顔色だな」 桜色に染まった頬にからかうように三蔵の指が触れる。 「三蔵のバカ・・・」 「・・・そうだな」
引き寄せられる腕に、自然と落ちる瞼。 甘い甘い一時を唇で伝えて。 こんな幸せな時間に言葉はいらないから・・・・・・
「おや、夕飯出来たんですけど・・・今はお邪魔ですかね」 やれやれと開いた扉を中の人物に気付かれない様にそっと閉じる。 微笑ましい光景に頬を弛めながら、 『空ちゃんが家に来てくれるのは、何時頃ですかねぇ』 何てことを考えているのは、誰にも預かり知らぬこと。
「悟浄・・・ちょっと悟空は遅くないですか?」 「・・・・・いや、まだ8時前だろ。夕飯食ってたら、こんくらい」 「悟浄は暢気過ぎますよ。悟空はまだ10歳なんですよ。 こんな時間は家にいて当たり前です!」 「はあ・・・そうですね」 悟空があっちで夕飯を食べてくるのは珍しいことでもなければ9時近くまで帰ってこない事もざらにあるのだ。 それこそ悟浄にとって八戒の言葉は今更であると言えよう。 しかし、悟浄は口にすることは出来ない。 八戒の怒りの矛先を知っているから。
最愛の愛娘に(義理さえ全て配り終えているというのに)チョコレートを貰っていない、ということが悲しみを表した怒りであるということが。 虫と称された三蔵に怒りの矛先が向かうのを悟浄にも止め様はなかった。
「光明〜、三蔵美味いって言ってくれたよv」 「良かったですね〜vvvおや、空ちゃん、私にもくれるんですか?」 「うん。遅くなってごめんな」 「いいえ。ありがとうございますvv」 親の心 子知らず。 悟空は三蔵宅で楽しい夕食の一時を楽しんでいた。
<END> |
三蔵がロリ・・・・(言えません)←自分で設定したくせに。
ちなみに悟空が男言葉なのは母親の(笑)影響です。
Felizシリーズから約五年後の設定。
<碓氷砂帆様 作>
ホワイトデーに差し上げた駄文のお礼に頂きました。
八戒パパと悟浄ママ、悟空娘の大好きなお話です。
二人の甘さに、宛てられっぱなしでした。
三蔵が〜三蔵が〜ロリ?
でも、幸せだから良いです。
が、八戒パパは怖いですねえ。
悟浄ママが、優しく二人を見守っている姿が、好きです。
台所の無惨な状態は、思いっきり目の前に浮かびます。
私もきっと後片付けイヤかも知れません。
二人のいえ、八戒パパの心配をよそに甘い甘い二人の姿に、年の差なんて関係ないです。
って、三蔵はいつまで手を出さずに我慢するんでしょうか。
いらぬ心配をしてしまう私は、バカです。
碓氷様、ありがとうございました!