金の瞳の子供が、バルコニーへ続く窓を開け放して、一心に夜空を見上げている。
腕に抱いた大きなティディベアのぬいぐるみが、寒そうな顔をしていた。

部屋の柱時計は、子供が寝る時間だと先程から告げている。
眠くなる目を擦りながら、子供はじっと夜空を見上げていた。



My Dear Santa Claus
自分に科せられた仕事という名の勉強を終えた三蔵が、悟空の部屋へ戻ってきたのは夜中を少し過ぎた時間だった。

三蔵はこの時間ならもう眠っている悟空を起こさないようにそっとドアを開けて、部屋の中へ滑り込んだ。
今夜は冷えるから、悟空の部屋は眠って丁度良い程度に暖房が効いているはずだった。
だが、部屋へ入った三蔵は、部屋の中が酷く冷えていることに驚いた。
電気の消えた部屋を見回して、バルコニーへ続く窓が開いていることにぎょっとした。

窓が開いているということは、誰かがここへ忍び込んだことを意味する。
屋敷の一番奥に面し、幾重にもセキュリティーの張られたこの部屋に。

悟空はベットに居るのだろうか。
三蔵は逸る心を抑えて、気配を消した。




自分はこんな時のために、常に悟空の側に居る。
世界有数の巨大コングロマリットのたった一人の跡継ぎ。
その子供を守るために生まれ、育てられ、今は共に育てられている。

親の顔など知らない。
物心付いた時には、研究所と言うところに居た。
幼い内から、護身術、武道、銃器の扱いから、人の殺し方まで。
何のためかなんて、知らなかったし、どうでもよかった。
教え込まれる全てを覚えることが、三蔵にとって生きる目的だった。
だが、三蔵に接する人々は、深い愛情を持って三蔵に接してくれた。
殺伐としがちな日々の中で、それだけは三蔵にも理解できた。

そんなある日、里親ができたと教えられた。
引き取りに来た里親は、それは綺麗な人間だった。
それが五歳の時。
その春の日、三蔵は自分が生涯、命を賭けて守るべき存在と出逢った。

お前が守ってあげるんだよと、教えられた小さな赤ん坊。
それが、悟空。

引き取られる条件はただ一つ。
悟空のボディーガードであり、兄弟であること。

だからこそ、ここに居られるのだ。




三蔵はそっと、悟空が眠っているはずのベットに近づいた。
だが、そこに悟空の姿はなかった。
いや、眠った形跡すらない。



まさか…



嫌な予感に開け放たれた窓辺を見て、三蔵は一瞬、固まった。

窓から少し外に出たバルコニーの入り口に、悟空が自分の身体ほどもあるぬいぐるみを抱えて、寝間着一つで座っていたのだ。
外を見れば、雪が降り出している。



あのバカ…



気配を殺すことも警戒することもなく、三蔵は悟空の傍へ走り寄った。

「何してやがる!風邪引くじゃねえか!」

三蔵の怒鳴り声に、悟空は振り返った。

「あ、さんぞー、おかえりー」

自分の後ろに立つ三蔵の姿に、悟空は嬉しそうに笑う。

「こんな夜中に、一体何してんだ?」

そう言いながら悟空の身体に触れた三蔵は、予想通り悟空の身体が冷え切っていることに舌打つ。

「こんなに冷えちまって。マジ、風邪引くぞ」
「だってぇ…」
「だってじゃねえ。ほら、窓締めてこっち来い」

動かない悟空の腕を引っ張れば、悟空は嫌だとその手を振りほどいた。

「やだ!ここにいるの」
「バカ。こんなとこに居たら、死んじまうぞ」
「でもやだ!」

ぷうっと頬を膨らませて三蔵を睨む。
断固として動かない悟空に、三蔵は呆れたため息を吐いた。

「わかった。わかったから、理由を言え、理由を」

そんな三蔵に悟空は上目遣いに睨んだまま、

「笑わない?怒らない?」

と訊いてくる。

「ああ、笑わねぇし、怒んねぇよ」

と答えてやれば、悟空はぽつりと言った。

「サンタさん、待ってるの」
「サンタ?サンタって、サンタクロースか?」

驚く三蔵に、悟空は嬉しそうに頷く。

「いっつも寝てる間に来ちゃうから、今夜こそは起きて待ってて、ありがとうが言いたいんだ」
「何で?」
「だって、だって、いつも俺の欲しいモノくれるんだよ。それも内緒で思ってるモノをちゃんとくれるんだ。だから絶対、お礼言いたいの」

真剣に話す悟空の言葉に、三蔵は何となく面映ゆい。

なぜなら、悟空が内緒で思っている欲しいモノを悟空の両親に教えているのは何を隠そう三蔵だったりするのだ。
それとなく悟空の欲しいモノを悟空から聞き出す事ができるのは、三蔵以外にできないからだった。
そう、悟空の両親も悟空の祖父もみな、悟空には砂糖菓子にハチミツをかけて、尚かつシロップで煮たほどに甘い。
そんな人間が、それとなく悟空の本当に欲しいモノを聞き出すことなどできるはずもなく、それでも毎年、サンタクロースが居ると固く信じてる子供の夢を壊すこともできないから。
だから、三蔵にその役目が回ってくる。
何より、親に言えない秘密を共有できる相手が、三蔵以外に居ないという悟空の生活環境が大きく影響しているのだが、そんなことは悟空の保護者にとっては、些細な事柄のようだった。
とにかく、悟空の保護者達は、悟空が幸せに笑っていてくれることを望んでいるのだ。
それは、三蔵にも言えることで。

「でもな、起きてたら来ないぞ、サンタクロース」
「ええ、何で?」
「内緒の仕事だから、正体を見られたら困るんだよ」

三蔵の言葉に悟空が、きょとんとする。

「内緒のお仕事?」
「ああ、自分がサンタクロースだってばれたら、普段の生活ができないから、だから見られたら困るんだよ」
「でも…」

うつむいて納得しない悟空の様子に、三蔵は何か良い案がないかと大急ぎで考える。
早くしないと本当に、悟空に風邪を引かせてしまう。
それに、悟空が寝るのを今か今かと、プレゼントを抱えて隣の部屋で待っている保護者達のことを考えると、よけい気が焦る。

「…じゃ、じゃあ、手紙を書け」
「手紙?」
「そ、そうだ。サンタ宛にお前のありがとうの気持ちを書け。それを靴下にピンで留めておけば、きっとサンタの手もとに届く。そうすれば、お前の気持ちも伝えられるだろうが」

三蔵の説明を真剣に悟空は聞いていた。
そして、

「わかった。そーする。サンタさんにお手紙書く!」

と言って、立ち上がり、薄明るい部屋の中を机に向かった。
すかさず三蔵は窓を閉め、部屋の明かりを点けて、暖房を強に切り替える。
その間に悟空は抱いていたティディベアのぬいぐるみを椅子の側に置くと、手紙を書き出していた。
部屋が明るくなったことも、暖房が効き出したことにも気が付かない。

三蔵は冷え切った悟空の身体にガウンを着せかけ、暖かい飲み物を取りに部屋を出た。






熱くしたミルクを持って部屋へ戻ってみれば、悟空は机に突っ伏して眠っていた。
眠くて当然のはず。
いつもは8時には眠る子供が、夜中の1時までも起きていたのだから、当然の結果だ。

三蔵はミルクを載せたトレイを机に置くと、悟空を抱き上げ、そっとベットに寝かた。
そして、机の所へ戻ると、悟空が書いて封をしたサンタクロース宛の手紙を、ベットボードに吊した靴下にピンで留めてやった。



明日は、大騒ぎかぁ…



悟空の手紙を見て大騒ぎする保護者達のことを思うと、自分の提案ながらまずいことをしたと思うのだが、悟空がそれで嬉しいのならまあ、いいかと自分を納得させる三蔵だった。











いっぱい、いっぱいのありがとうをサンタクロースに。

いつもたくさんの嬉しいをありがとう。

大好きなサンタクロース様。

─────メリークリスマス






end

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