三蔵様のチョコレート |
「悟空、昨日、三蔵様がチョコレート買ってたんだって」 遊びに出掛けた街中で、悟空は友達の瞬瑛からそんなことを聞いた。 「ええ…三蔵、そんなことするわけないじゃん」 三蔵がチョコレートを買うなど、天地がひっくり返ってもなさそうなことをまことしやかに話して聞かせる瞬瑛に、悟空は顔を顰めてみせる。 「本当だって。だって、あんな綺麗な金髪の人って、三蔵様ぐらいじゃん」 綺麗な金髪──そう聞いただけで悟空の気持ちが揺れる。 「俺じゃなくて、姉ちゃん」 その剣幕に思わず頷きながら、悟空は昨日の三蔵の様子を思い出していた。 この時期は行事や何かで忙しくて、いつも何処にも出掛ける暇もない。 「…でも、今、仕事忙しいって、言ってたけど…」 どうにも納得できずに反論すれば、瞬瑛は怒り出してしまった。 「何だよぉ!じゃあ、お菓子屋さんに確認に行こうぜ」 ぷっと頬を膨らませ、瞬瑛は悟空の腕を取ると、お菓子屋に向かって歩き出した。 「すっげぇ…」 三蔵がチョコレートを買ったかどうか、確認に来た二人だったが、店に群がる客達の熱気に気圧されて、立ちつくすばかりだった。 「…バレンタインデー…あっ!」 突然、悟空が上げた声に、瞬瑛がびっくりして振り返った。 「バレンタインデーって、好きな人にチョコレートあげる日だよな?」 急に焦りだした悟空に、瞬瑛は戸惑う。 「ねえ、三蔵様がお買いになったチョコレートってどれ?」 その声に悟空は、瞬瑛の顔を見返し、瞬瑛は「な、本当だろ?」と、相好を崩した。 「帰るね」 そう言って、踵を返した。
目の前の机に置かれたそれはラブリーな小箱。 昨日の夕暮れ、仕事が一段落ついて私服に着替えた三蔵は、散歩がてら街に下りた。 折しも今日はバレンタインデー。 世間の行事に関心のない三蔵でも毎年、悟空の奇妙なチョコレートや菓子に付き合わされていればその内、気になって来るというモノで。 先程、笙玄に見つかってしまった。 「悟空に差し上げるんでしょう?」 そう言って笑っていた顔を思い出す。 「たまには、三蔵様から悟空にお渡しなさいますのも良いものですよ」 渡してあげて下さいね、と、念を押して仕事に戻って行った。 「…こっぱずかしい…」 がしがしと頭を掻いて、煙草をくわえた。 「さんぞ、ただい…」 悟空が扉を開けた瞬間、三蔵の手元から悟空の元へ何かが飛んだ。 それに気付かず、悟空は受けとめたモノを目の前にかざした。 「…これ…何?」 可愛い小箱を両手でもって三蔵を見やれば、そこに三蔵の姿はなくて。 「………さん、ぞ…」 小箱の中身は小さなハートのチョコレートがぎっしりと詰まっていた。 「ありがと…さんぞ」 呟きは夕闇に染まった執務室に解けた。
その夜、笑み崩れた悟空の顔が、元に戻ることはなく、ほんのりと桜色に染まった三蔵の頬も元に戻ることはなかった。
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