沙羅双樹

はらはらと舞い散る沙羅双樹の白い花びら。
それは冬に天から舞い落ちる花びらにも似て。

悟空は沙羅の樹の下に佇み、明るい陽差しに白く光る花びらをいつまでも見つめていた。




食事の時間になっても帰って来ない悟空を心配して、寺院のそこここを探していた笙玄は、沙羅双樹の下に佇む悟空を見つけた。

白いサテン地に榛色で大輪の牡丹の花が織り込まれたカンフーチャイナを着た姿は、そのまま舞い散る沙羅の花びらの雨に消えてしまいそうで。
幼い容が憂いに翳る様子は、日頃の元気の良さが嘘のように悟空を弱々しげに見せていた。

それでも、その華奢な姿は、綺麗で。

笙玄はかける言葉を見つけられず、回廊からその姿を黙って見つめた。




「何をやってる?」

会議を終えた三蔵が、回廊に佇む笙玄と沙羅双樹の下に佇む悟空の姿を見つけて、呆れたような声音で声をかけてきた。
が、その声に振り返ったのは笙玄だけで、悟空は気付かないのか、沙羅の樹を見上げたままだった。

「さ、三蔵様…」

僅かに顔を赤らめ、振り返る笙玄に、三蔵は軽く瞳を眇め、悟空を見やった。

沙羅の花が咲くこの時期、悟空は消えた記憶の断片をたぐるように、忘れた誰かを思い出すように、沙羅双樹の樹の傍らにいた。

何の記憶も持たず、心を蝕むほどの孤独と罪悪感を与えられ、諦めと絶望を手に入れて踞っていた。

過去に囚われるなとは、おこがましくて言えない自分ではあるが、それでもこの黄金の澄んだ宝石を宿した子供にはそうあって欲しいと願ってしまう。
真っ直ぐ前だけを見て、その思いの向くまま、明るい光の中を迷わず歩いて欲しいと思う。

憂い顔も泣き顔も似合わない天真爛漫な小さな三蔵の太陽。

沙羅の白い花が悟空を苛むのなら、切り倒してしまえばいいと、何度思ったか知れない。
だが、そうすることで悟空の憂いが晴れるのならいいが、この大地に愛された子供は悲しむだけだろう事も知っている。



いつまでも後ろを振り返るんじゃねぇ…



三蔵はため息を吐くと、持っていた書類の束を笙玄に渡し、悟空の元へ歩き出した。
そして、すぐ後ろで立ち止まる。

「……三蔵は、居なくならないよな…」

と、呟かれた。
それに一瞬、三蔵は心臓を鷲掴みにされたような痛みを、胸に感じる。

「居なくなったら…俺、今度こそ壊れるから…な」

呟きに涙の色が付いた。

「…覚えといてくれよな」

ゆっくりと、悟空は振り返り、黙って佇む三蔵に消え入りそうな笑顔を向けた。
三蔵は小さく頷き、ふわりと悟空の身体を抱き込んだ。



─────そして



「お前もな」

吐息のような三蔵の返事が返った。




end

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