Silent Nigt |
ことりとも音がしない。 人の気配のしない屋敷。 いつもならクリスチャンでもカトリックでもないくせに、キリストは敵だと楽しそうに笑って、人の行事を映す。 自分の身長よりも高く大きなクリスマスツリーを派手な電飾とオーナメントで飾り立て、七面鳥を焼き、ケーキを飾る。 子供のように笑い、酔っぱらい、プレゼントだ、サンタクロースだとふざけて。 「人に紛れて暮らすには、こういった行事をするのが大事なんだ」 と、賢しげに説いて見せる。 「どうせ生きてるんだったらさ、人生楽しまなきゃ損じゃん」 と、どこの悟った隠居だと呆れるような笑顔で笑うから、投げ捨てたような人生もまんざらじゃないかと、思ったではないか。 「大好きな人と生きるって幸せだろ?なっ」 そう言って、その太陽を映したような黄金の瞳で心を貫くから、凍った気持ちが溶けてしまったではないか。 「……ざまあねぇ」 一人、窓辺に座って煽る酒の苦みばかりが身体に染みて、三蔵は小さく笑った。 両親が死んで、莫大な財産を受け継いで、与えられた美貌に憎しみさえ覚えて、生きてることも死ぬこともどうでもよかった。 「本当にあんた、綺麗だ。姿形はもちろんだけど、その魂は純白で汚れが無くて…俺、大好きだ」 そう言って笑って、差し伸べてきた手を藁をも掴む想いで縋った。 「………弱い、な…」 それほどに淋しかったのか。 「だっせぇ……」 グラスに溢れそうな程注いだ酒を一気に呷って、浮かぶ自嘲が止まらない。 「冷てぇ…な…」 窓から身を乗り出すように手を差し出せば指先に触れる雪は冷たくて。 「あいつも…冷てぇな…そういや」 窓枠にもたれるようにして思い出すのは、悟空の肌の温度。 「三蔵は温かいな…人だなあって、嬉しいや…」 そう言って笑った笑顔は淋しそうで、その冷たさが、三蔵の温もりが自分とは相容れない存在だと言われているようで。 「どうしようもねぇな…」 出口の見えない迷路に迷い込んだようだった。 「………眩し…」 夜闇に慣れた瞳にはその明るささえ眩しく感じられて、三蔵は酒瓶から直接酒を呷った。 「まず、い…」 言うなり酒瓶を窓の外へ投げ捨てた。 と、荒々しい羽音が庭先で聞こえた。 「もう、あのクソジジイ、今日はダメだって散々言ったのに、集会なんて開きやがって」 羽音も荒々しく館の庭先に降り立った悟空は宥めるように様子を窺う焔に外套やら上着を投げ付けると、館の中へ駆け込んで行った。 「三蔵、ただいま!」 勢いよく開いた扉から、ゴムマリのように飛び込んできた悟空は、窓の下に蹲る三蔵の姿に顔色を変えた。 「三蔵!どうしたんだよ?!」 肩を掴んで揺さぶれば、ゆっくりと顔が上がった。 「…ぁああ…」 どこか焦点の合っていない紫暗の瞳に悟空の瞳が揺れる。 「さんぞ…?」 そっと、抱きしめればおずおずと腕が背中に廻った。 「ただいま…さんぞ」 耳元で囁けば、くぐもった返事が返った。 愛して、蕩ける程に甘やかして、淋しがりな恋人を雁字搦めにして、その愛で縛って、重しを付けて。 「俺達に愛されたこと、後悔するなよ…なあ、三蔵」 吹き込む雪に呟きは、沈黙の中へかき消された。
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