窓辺に座って、子供が外を見つめていた。 窓の外は、雨。 糸よりも細い銀糸が、音もなく大地に降り注いでいた。 明るい雨。 薄日が差して、銀色に光る。 ひとりの午後。
─────いつもアナタを見ているから
秋時雨
「ねえ、笙玄、この字なんて読むの?」 取り入れた洗濯物をたたんでいる笙玄に、読みかけの本を悟空は差し出した。 「”しぐれ”と読むのですよ」 手を止めて答えてやれば、悟空はにこっと笑う。 「しぐれって、何?」 と、訊いてきた。 「雨ですよ。ほら、時々、さあっと降ってしばらくすると止んで、また降る雨の事ですよ」 そう言ってしばらく考えた後、悟空は「わかった」と納得したようだった。
三蔵は、仕事で遠出をしていた。
三蔵が出掛ける時、悟空はいつも目に涙を溜めてその後ろ姿を見送っている。
そう、悟空はバカなどではない。
興味があることはスポンジが水を吸うように、幾らでも吸収していく。 無条件の慈しみ。 他人を寄せ付けない三蔵が悟空を側に置くその理由を笙玄は、そうした悟空の中に見るのだった。
洗濯をたたみ終えた笙玄は、絵本に夢中になっている悟空をそのままに、三蔵が戻ってきてから少しでも長く悟空の側に三蔵が居られるよう段取りを整えるため、寝所を後にした。
─────秋の初めの雨は、大地に秋の訪れを告げるのです。
開け放った窓から雨の匂いを纏い付かせた風が、入ってきた。 それは絵本の中に出てくるような雨で。
─────大地の子供は銀色の精霊に、「こんにちは」と、挨拶をしました。
静かに降り注ぐ日向雨に悟空は絵本の世界を重ね合わせた。 夢を見るように、悟空は銀糸の雨を見つめていた。 やがて、陽の光が強くなったのか、銀糸が時折金色に光った。
「三蔵様と悟空の好きなモノをたくさん作りましょうね。三蔵様のお言いつけをきちんと守っていた悟空へ、私からのささやかなご褒美と無事に帰られた三蔵様のお祝いです」 日差しが少しずつ強くなるに連れて、雲が切れ太陽がその姿を現す。
─────お日様の光に銀色の精霊の身体は、透き通っていきます。
悟空は開け放っていた窓に頬杖をついて、止んで行く雨を眺めていた。
─────私はこの世界と一つになって、いつでもアナタの傍にいるから。
三蔵は、回廊の途中で立ち止まった。 先程までの雨が止んで、日が差してきていた。 「…時雨か」 秋の訪れを緩やかに渡る風に感じて、三蔵は自分の帰りを待っている子供のことを思った。 その姿に三蔵は、不安になる。 還せと煩い大地や自然が、子供を連れて行ってしまうのではないかと。 物思いの季節の訪れ──────── ため息を一つ吐くと、三蔵は寝所へ向かった。
大扉の前で、いつものように笙玄が出迎えた。 「じじい達へは、明日報告すると言っておけ」 と言って、さっさと寝所に行ってしまった。
三蔵は寝所の扉を開けたまま、そこに立ちつくしてしまった。 窓辺に座って無心に外を眺める悟空。 ほの暗い室内と静かな雨。 外を眺める悟空の以外に小さな姿。
─────いつもアナタを見ているから、だから……
人の気配に悟空は振り返った。 ほの暗い部屋が一瞬で、明るくなった。 そう三蔵が錯覚するほどの笑顔だった。 「おかえりーっ」 椅子から滑り降りると、迷わず三蔵の胸に飛び込む。 「さんぞ、おかえりっ!」 ぎゅっと、抱きつく細い背中に覆い被さるように腕を回して、三蔵は悟空にだけ聞こえるように返事を返した。 「…んっ……」 くすぐったそうに首を竦めるその顎を掬い上げ、しっとりと唇を重ねた。 「…さんぞ…?」 見返す紫暗の中に何を見たのか、悟空はもう一度ぎゅっと、三蔵の身体に抱きつくと、胸に顔を埋めた。 「大丈夫だよ。どこにも行かない。ずっと、ここにいるから…大好きな三蔵の傍に、ね。信じてよね、ね」 くぐもった声で言えば、ゆっくりと背中を撫でる三蔵の手のひらを感じて。 「 」 静かな雨音に紛れる程の声で、答えが返ってきた。 抱き返されるぬくもりを離さないように。 銀色の降り注ぐ雨の日の小さな・・・・・・・。
─────だから、泣かないで。いつも笑っていてね。
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