陽 炎 |
匂い立つ青葉が、初夏の陽ざしに無機質な光沢を見せる。 夏に向かう陽ざしは春の柔らかさを脱ぎ捨て、肌に痛みを感じるほどの強さをその身に纏う。 そんな昼下がり、悟空は青々と草の茂った土手に寝転がって、色の濃くなった青空を見上げていた。
あの春の日、焦がれ、憧れて見ているだけだった外の世界へ出られた。 連れ出してくれたのは、金色の光。 けれど、実際に触れた世界は綺麗なところも、汚いところもあって、楽しいこともたくさんあるけれど、嫌なこともそれと同じくらいあった。 そう、あの綺麗な金色の傍にいるだけで、何も恐いものはなかった。 悟空の世界の中心。 「三蔵……」 起き上がって、光の眩しさに手をかざせば、川辺に立つ陽炎が見えた。 それはあの綺麗な金色の人の温もりそのもの。 「三蔵…」 思い出す端正な面影に、悟空の顔は嬉しそうに綻んだ。
三蔵は仕事が今日は忙しいのか、朝から執務室に籠もったまま出てこない。 そして、三蔵が忙しい時、悟空を気遣って相手をしてくれるのだ。 三蔵と二人なら何も考えなくても、身構えることもなく素直に柔らかな気持ちでいられるのに。 三蔵だけが側に居てくれればいいと、悟空は広い世界を知ってもそれだけを思うのだった。
きらきらと光る川面と太陽の熱に焼けて揺らめく大気。 ゆっくりと夏へ向かう季節のその腕に抱かれて、悟空は再び寝転がった。 「三蔵、明日は暇だったらいいな…」 いつでもどこでも一緒に居て欲しい。 煩いなら静かにしているから、いつまでも一緒に居て欲しい。 広い世界のその中で三蔵だけが唯一だから。 「三蔵…傍に居てくれよな」 そう呟いて、悟空は小さな笑顔を浮かべた。
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