「あっちぃ…」寺院の神苑の木陰で、悟空は涼んでいた。
梅雨が明けてから毎日、気温は鰻登りに上がって、じっとしていても汗が流れるほどに暑い。
今日は三蔵は朝から説法会だと、都の貴族の館へ笙玄と共に行列を作って出掛けていた。
この暑い中、紗の衣に七条袈裟を付けて、涼しくもないのに涼しげな風体を装って、その内心は逃げ出したくてうずうずしながら。
嫌そうにのそのそと支度をし、のろのろと急かす笙玄に背中を押され、手を引かれて出掛けて行った三蔵の姿を思い出して、悟空は笑った。
「暑いのに大変だよなあ…」
その呟きに、楓の梢が青葉を揺らして応える。
「人間は大変って?うん…そうだねぇ…でも、仕事だからって、三蔵は頑張ってるんだ」
ちろちろと木漏れ日を揺らして風が、悟空の汗に濡れた額を拭って吹き過ぎる。
「ああ、気持ちいい…」
吹き過ぎる風に、悟空はほうわりと笑い、身体を起こした。
見上げた楓の梢や周囲の木々から蝉の鳴き声が降り注ぐ。
「みんな元気だねぇ」
蝉の煩いほどの鳴き声に、悟空は年寄りじみた呟きを零した。
「俺はこの暑さでへばってるのにさ」
胡座を組んだまま、また、柔らかな下草の上にころんと寝転がり、青草の中に顔を埋めた。
「夕方には帰って来るって言ってた……あ…!」
かさり、かさりと草を踏む音に慌てて身体を起こした悟空は、自分の方へ近づいてくる三蔵の姿を見つけた。
三蔵は片手に吸いかけの煙草を持ち、もう片方の手にビニルの袋をぶら下げて、Gパンに白い半袖シャツを無造作に羽織った姿で、夏の強い陽差しを鬱陶しそうに浴びながら悟空の方へ歩いて来る。
悟空は少しの間、ぽかんとした顔を見せ、やがて、嬉しそうに顔を綻ばせた。
三蔵は、寝転がっていた悟空が慌てて身体を起こすのを見つけて、微かに口角を上げた。
今日は朝から説法会だと、呼び出された。
大仰な行列を仕立てて行った先の貴族の屋敷で、クソ面白くもない説法を説き、媚びへつらうような、それでいて何処か蔑んだような視線を持った人間の相手をしてきた。
三蔵は説法が終わるなり、引き留める声を振り切って帰って来たのだ。
暑苦しい衣装を脱ぎ、私服に着替えた三蔵は、帰る道で笙玄に買わせた氷菓子を持って、悟空の姿を求めて外へ出たのだった。
夕方に帰ると言い置いて出掛けたのだから、昼過ぎのこの時間はまだ、外で遊んでいると当たりを付けて聲の導くままに三蔵は歩いてきたのだ。
聲の導く先は、神苑の林。
行き着けば、楓の木の下で目指す子供は所在なげに寝転がっていた。
三蔵の姿を見つけた途端、跳ね起きた子供は、ぽかんとした顔を晒していた。
バカ面……
僅かに口角を上げて笑えば、それに誘われたように子供は酷く嬉しそうな笑顔を浮かべたのだった。
*****
「おっかえり」
すぐ傍まで来た三蔵に悟空は、弾んだ声をあげて出迎えた。
それに頷いて、三蔵は悟空に下げていた袋を投げ渡し、自分はその横に腰を下ろした。
「何?」
「土産だ」
「サンキュー」
がさがさと袋を開ければ、発泡スチロールの入れ物が入っていた。
それを出して、テープで貼られた蓋を開ける。
中にはパステルカラーの丸い氷菓子が詰まっていた。
「氷菓子だぁ」
嬉しそうに三蔵の顔を見やって、悟空はひとつ取って口に入れた。
途端に口腔内に広がる冷たい甘さ。
「うっめえ…」
今までの暑さを忘れるような優しい冷たさに、悟空は幸せそうに笑った。
「三蔵、はい」
二つ目を口入れ、悟空は三蔵にも氷菓子の入れ物を差し出した。
「何だ?」
「三蔵も一緒に食べよう。冷たくて美味いよ?」
口に氷菓子を含んだまま、三蔵にも食べろと悟空は勧める。
三蔵は差し出された氷菓子と悟空の嬉しそうな笑顔をじばらく見比べた後、徐にそれを差し出す悟空の腕ごと引き寄せると、氷に濡れた悟空の口唇に自分のそれで触れた。
突然の三蔵の行為に、悟空は一瞬、離れようと身を捩った。
だが、氷菓子の入れ物を持った両手ごと掴まれ、空いた手で後頭部を押さえられては逃げることも出来ず、しっとりと合わされる接吻に、やがて悟空の身体から力が抜けた。
散々、悟空の中にあった氷菓子を悟空の口腔と共に堪能し、最後に紅く濡れた悟空の口唇を舐め、三蔵は悟空を離した。
「甘かった」
そう言って笑うと、三蔵は氷菓子の入れ物から一つ取ると、口に入れた。
三蔵の接吻に酔って潤んだ表情をした悟空はぺたんと三蔵の傍らに座り込んでいた。
三蔵はそんな悟空の様子に小さく笑うと、悟空の耳元に囁いた。
その一言に悟空は瞬時に顔を真っ赤に染めると、恨めしげに三蔵を睨んだ。
そして、文句のひとつでも言おうと口を開きかけたが、
「早く食っちまわないと、溶けるぞ」
と、三蔵に先を越され、まろい頬を膨らませるだけになってしまった。
三蔵の言葉にまだ拗ねたような瞳で三蔵を見ながら、悟空は氷菓子をまた、食べ始めた。
悟空の自分を見つめる仄かな艶に男を刺激されながら、その艶に無自覚な悟空の幼い様子に三蔵の口元に淡い微笑が浮かんだ。