書 簡 ─旅の空の貴方へ─ |
お元気でいらっしゃいますか。 私はおかげさまで、毎日つつがなく暮らしております。 お二人が旅立たれてからの寺院は何処かもの足らず、ずいぶんと寂しく感じられてなりません。 三蔵様はいかがお過ごしでいらっしゃいますでしょうか。 お体に障りはございませんか。 さて、妖怪達の行動は日に日に激化し、長安でも治安の維持が難しくなってきております。 お怪我などされておりませんでしょうか。 どうぞそのお命、お体お大切にして下さいませ。
さて、悟空は元気にしていますでしょうか。 いつものあの明るく屈託のない笑顔を浮かべて、三蔵様のお側に居てくれているのでしょうか。 私は今、管長様のお側ご用をさせて頂きながら三蔵様の寝所の管理を任されておりますので、食事の支度を今もしております。 ところで、悟空は三蔵様のことになると夢中になりますので、その為にケガをしていないか時折不安になります。
そう、悟空と言えば、悟空が居なくなってから寺院の木々や草花が心持ち色褪せたような気が致します。 寂しいやら物足りないやら、何か愚痴ばかりになってしまいましたので、この辺りで筆を置きたいと思います。 どうぞ旅立ちの時にお約束致しまたことが、果たされる日を心待ちに過ごして参りたいと思います。
笙玄 拝。
買い物に出た悟空達と入れ違いに、街の寺院からの呼び出しを受けた三蔵は、遠く笙玄からの手紙を受け取った。 久しぶりに見る笙玄の穏やかな文字に、彼の柔らかな笑顔を思い出し、三蔵は自然に口元がほころぶ。
お前は変わらないらしいな…
笙玄の仕事ぶりを思い出し、何となく寺院の管長に同情を覚える。 そして、三蔵や悟空の自由奔放な空気に染まったはずの笙玄が、堅苦しい生活で満足できるのか、一抹の不安を抱えていた三蔵だったが、手紙の内容からは上手くやっているようでひとまずは、安心するのだった。
返事…書くか?
しばらく考えた後、ふと浮かんだ笙玄の嬉しそうな笑顔に、三蔵は宿の備え付けの便箋を手に取った。
元気そうで何より。 サルも俺も元気だ。 お前はお前の心配だけしていればいい。
やがて、笙玄に届けられた差出人不明の手紙。 そして、三蔵らしい文面に、笙玄は一つの決心をする。
その決心と共に、明け行く東の空の太陽へ命がけのこの旅がどうぞ無事であるようにと、願う笙玄だった。
今日も穏やかな一日が始まろうとしていた。
遠く旅の空の大切な人へ─────
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