書  簡 ─旅の空の貴方へ─

お元気でいらっしゃいますか。
私はおかげさまで、毎日つつがなく暮らしております。

お二人が旅立たれてからの寺院は何処かもの足らず、ずいぶんと寂しく感じられてなりません。
三蔵様のお側ご用を拝命して後、とても楽しい日々を過ごしていたのだと、今更ながらに実感しております。

三蔵様はいかがお過ごしでいらっしゃいますでしょうか。

お体に障りはございませんか。
お食事の細い三蔵様のこと、きちんとお食事を摂っていらっしゃるか心配でございます。
お酒もお煙草もほどほどをお心にかけて頂けると嬉しいです。

さて、妖怪達の行動は日に日に激化し、長安でも治安の維持が難しくなってきております。
それを見るに付け、聞くに付け、三蔵様が向かわれている西への旅路がどれ程危険か、考えるほどに心配でございます。

お怪我などされておりませんでしょうか。
傷を負われてもご無理をなさる三蔵様ですから、悟空や八戒さん、悟浄さんが無理なさるのを止めて下さっていることを願うばかりです。

どうぞそのお命、お体お大切にして下さいませ。




さて、悟空は元気にしていますでしょうか。

いつものあの明るく屈託のない笑顔を浮かべて、三蔵様のお側に居てくれているのでしょうか。
寺院で悟空の明るい笑い声が聞こえない日々は寂しく、悟空の底なしの食欲がないと、食事も作り甲斐がありません。

私は今、管長様のお側ご用をさせて頂きながら三蔵様の寝所の管理を任されておりますので、食事の支度を今もしております。
ですから、作る量が今までの半分以下なのが、寂しいのかも知れません。

ところで、悟空は三蔵様のことになると夢中になりますので、その為にケガをしていないか時折不安になります。
そして、無理を重ねたり、我慢してケガを悪化させたりしていなかと、いらぬ心配でしょうがつい、してしまいます。
どうぞお互いがお互いを庇って、傷など負われませんように願っております。




そう、悟空と言えば、悟空が居なくなってから寺院の木々や草花が心持ち色褪せたような気が致します。
やはり、大地の精霊たる悟空が居なくなった所為でしょうか。
木々や草花たちは、大地の御子が傍にいないことが私同様寂しいのかも知れませんね。

寂しいやら物足りないやら、何か愚痴ばかりになってしまいましたので、この辺りで筆を置きたいと思います。

どうぞ旅立ちの時にお約束致しまたことが、果たされる日を心待ちに過ごして参りたいと思います。
三蔵様、悟空、八戒さん、悟浄さんの旅路が、実り多きもので在りますように。




笙玄 拝。





















買い物に出た悟空達と入れ違いに、街の寺院からの呼び出しを受けた三蔵は、遠く笙玄からの手紙を受け取った。

久しぶりに見る笙玄の穏やかな文字に、彼の柔らかな笑顔を思い出し、三蔵は自然に口元がほころぶ。
そして、自分のことよりも三蔵や悟空のことばかり心配して気をもんでいる様子がよく分かる文面に、三蔵は小さく呆れたため息を吐いた。



お前は変わらないらしいな…



笙玄の仕事ぶりを思い出し、何となく寺院の管長に同情を覚える。
だが、自分ほど公務を蔑ろにし、逃げだし、我が侭言い放題なものは他には居ないはずで、自分が旅立った後は辛気くさいと感じるほどに、寺院らしい空気を取り戻しているはずだ。
頭の固い坊主共が、静かになったと喜んでいるだろう姿を思い、三蔵は己の想像に不愉快になって舌打ちした。

そして、三蔵や悟空の自由奔放な空気に染まったはずの笙玄が、堅苦しい生活で満足できるのか、一抹の不安を抱えていた三蔵だったが、手紙の内容からは上手くやっているようでひとまずは、安心するのだった。



返事…書くか?



しばらく考えた後、ふと浮かんだ笙玄の嬉しそうな笑顔に、三蔵は宿の備え付けの便箋を手に取った。





















元気そうで何より。

サルも俺も元気だ。

お前はお前の心配だけしていればいい。



三蔵 拝





















やがて、笙玄に届けられた差出人不明の手紙。
封を開ければ、それは見慣れた流麗な三蔵の文字で。
ごく短い文面に、笙玄は旅の空の三蔵と悟空を思った。

そして、三蔵らしい文面に、笙玄は一つの決心をする。




その決心と共に、明け行く東の空の太陽へ命がけのこの旅がどうぞ無事であるようにと、願う笙玄だった。




今日も穏やかな一日が始まろうとしていた。






遠く旅の空の大切な人へ─────




end

close