初 冬




仕事をさぼって抜け出してきた裏山の外れの林。
冬の気配に満ちた雑木林。
その日だまりに二人一緒に座って、何も言わずに晴れた空を眺めていた。

冬まだ浅いこの日、春のように温かい小春日和。
枯れ落ちた木の葉が、柔らかな絨毯を作る大地。
晴れた蒼穹に手を伸ばして、陽の光を浴びる梢。

葉の殆ど落ちた桜の根元に三蔵は腰を下ろし、悟空はその横に両足を投げ出して座っていた。
時折、遠くで鳴く鳥の声が聞こえるだけの静まりかえった林。
かさりと、枝から離れた枯れ葉が大地に触れる微かな音すら聞こえそうな静寂。

ゆっくりと流れる雲を見つめていた悟空は、傍らの三蔵を見やった。
立てた膝に片腕をのせ、太い桜の幹に背を預け、日だまりの暖かさを楽しむように伏せられた瞼を縁取る金色の睫毛。

「さんぞ、寝ちゃった?」

小さく呟いて悟空は下から三蔵の顔を覗き込んだ。
だが、返事はなく、静かな吐息が微かに鼻先に掛かる。

「さんぞ、寝てるの?」

日だまりに溶けそうな柔らかな笑顔を悟空は浮かべた。
ここに来る前の三蔵は忙しくて、倒れてしまうんじゃないかと心配するほどに疲れた顔をしていた。
見かねて悟空は、無理矢理三蔵を連れ出した。
丁度、笙玄が使いで寺院に居なくて、丁度、三蔵の仕事の切りが良くて、思い切って外へ誘ったのだ。











「な、三蔵、休憩しないの?」
「あぁ?休憩?」

凝り固まった身体を伸ばすように背もたれに身体を預け、煙草に火を付けた三蔵に、悟空は問いかけた。
それに三蔵は、面倒臭そうに返事を返す。

「うん…ずっと、休んでないからさ」

そう言って見やった三蔵の顔は、疲れが張り付いてどことなく青ざめていた。

「…言ってろ」

僅かに口角を上げて紫煙を吐く三蔵に、悟空はきゅっと眉根を寄せると、くるりと執務机を廻って三蔵の法衣を掴んだ。

「なあ、三蔵、休憩に散歩に行こう?」

見上げた紫暗は、微かに赤味を帯びていて、悟空の胸に不安の種を生む。
金瞳を僅かに揺らせて、悟空は三蔵を散歩へ誘った。

「なあ、行こうよ。な?な?」

不安を孕んだ明るい声に三蔵はゆっくり息を吐くと、煙草を灰皿に押しつけると立ち上がった。

「さんぞ?」
「…ふん、サル」

くしゃっと悟空の髪を掻き混ぜ、軽く頭を小突くと、三蔵は踵を返した。











「さんぞ、寝ちゃった?」

くすくすと笑う悟空の吐息に、三蔵の睫毛が微かに震える。

「寝てるんだよね?」

三蔵の唇に軽く触れる。

「さんぞ、寝てるの?ねぇ」

また、触れて、悟空はくすくすと楽しそうに笑った。
悟空の吐息が触れるたびに、三蔵の睫毛が微かに震え、やがて綺麗なすみれ色の花が咲いた。

「煩い…」

寝足りない声音で呟くと、また目を閉じる。
すぐに静かな吐息が、悟空の唇をくすぐった。

「…さんぞ?」

幸せそうに笑って、悟空はまた三蔵の唇にその桜唇で触れた。

「寝てる?」

問いかけては三蔵の形の良い唇に触れ、問いかけては三蔵の綺麗な頬に触れた。
その仕草に三蔵はすっかり目が覚めていたが、そのまま眠ったふりを続けた。



一体、何がしたいんだ?このサルは…



唇や頬に触れる吐息に三蔵は心地よさを満喫しながら、悟空の意図が見えないことに内心、眉を顰めていた。

仕事がいつになく忙しく、ろくに悟空のことを構ってやれない日々が続いていた。
三蔵以外の人間でも片付けられる仕事を持ってくる寺院の奴らの無能さに、改めて頭痛がする。
仕事をいつも一定量になるように調節する笙玄にも調整できないほどの仕事量が今回、積み上げられた。
それもあと少しで片が付く。
殆ど不眠不休の仕事も先が見えた。
傍らで淋しさと三蔵の仕事の邪魔にならぬようにと気を遣う悟空の姿を見るのもあと少し。
だから、今まで抱えてきた悟空の淋しさを少しでも軽くしてやることが出来ればと、揺れる金眼に従えば、予想もしない悟空からの口付け。
日頃、自分から三蔵に口付けることなどない悟空のいつにない様子に三蔵は、ずいぶんと悟空に触れていないことに気が付いた。
その途端、頭をもたげる抑えがたい熱。



俺も大概…湧いてるらしい



三蔵は唇に、頬に触れる悟空に気付かれないようにため息を吐くと、悟空の腕を取った。

「あ、ずりぃ…タヌキだ」
「煩い」

ぷっと頬を膨らませるも、その黄金は楽しそうに紫暗を見返して笑う。
三蔵は掴んだ腕をそのまま自分の方へ引き寄せ、

「さんぞ?」

自分を呼ぶ声に小さな笑みを零して、その桜唇に唇を重ねた。

「…っ」

慈しむようにゆっくりと口腔をなぞり上げ、三蔵の口付けはゆるゆると悟空の熱を起こして行く。
日だまりに重なる一対の影。

「さ、んぞ…ぁ…」

いつも少し荒々しい三蔵の手が、優しい。
身体を辿る掌も指先も、触れる唇すら羽のように軽く、優しい。

「…んぞ…」

柔らかく施される熱に潤んで艶を増した金瞳をしばたいて、悟空は三蔵を呼んだ。

「どうした?」

見返される温かな紫暗と声。

「今日は、優しい…」

かろうじてシャツを纏った腕でその頬に触れれば、悟空の手を取って三蔵はその指先を口に含んだ。
指先から与えられる快感に、悟空の熱は高まって行く。

「…ぁ…ん…」

いつも以上に丹念に時間をかけて蜜口をほぐし、与える熱に解けた身体を掻き抱いて、三蔵は己の楔を打ち立てた。
しなやかに撓る細い身体を組み敷いて、己の熱を打ち付ける。

「…んぞ…き、もち、いい…よ」
「…悟空」

一気に頂へ駆け上るような荒々しい接合ではなく、その思いを流し込むようなゆっくりとした接合に、悟空はとろけるような笑顔を浮かべ、三蔵と唇を逢わせた。

「大好き…」

柔らかく、時に強く揺さぶられ、はらりはらりと最後の枯れ葉が舞う中、たゆたうように二人は頂を迎えた。











冬の気配。

雪の季節を迎えれば、悟空の心は朧な闇に閉ざされ、それに比例するように三蔵は多忙になる。
今以上に、悟空に寂しい想いをさせるのだ。
身体を重ねるようになって三蔵を無意識に欲する機会が増えた悟空の、その華奢な身の内に巣くう孤独をどうにもしてやれない。
ただ、傍で見ているしかない自分。

今日とても結局は、疲労を拭えない自分の半ば悟空の肌に餓えていた欲と三蔵の身体を心配する悟空の無意識の雪の舞う季節を前の不安が、お互いを行為に導いた。
こんな行為で何が埋まるわけではないのだろうが、それでも、お互いの温もりが、傍にいる確かな感覚を生むのであれば、それはそれで意味のあることのように思えた。

愛するという柔らかな羽毛に包まれて、お互いが必要ならそれでいいと。






「…さんぞ、平気?」

気怠い身体を三蔵の腕に委ね、その顔を見上げれば、凪いだ海のような瞳と出逢った。

「さんぞ?」

答えの代わりに額に落とされる口付け。

「…さん、ぞう…」

包まれた法衣の暖かさとゆっくりとあやすように身体を撫でる三蔵の手に、悟空は誘われるように眠りについた。
三蔵は大きく息を吐き、瘧のように堪っていた疲れが身体から抜け落ちた感覚に頬笑んだ。
腕の中の宝石にもう一度口付けを落とし、

「…お前も気分は晴れたか?」

紡がれた音のない言葉は、冬の色をはいた陽差しに解けた。




冬まだ浅い、ある日の午後───




end

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