a moon's tryst

今、竜王組は抗争に巻き込まれていた。

今回の抗争は甚だ理不尽極まりなく、コトを荒立てる気のない金蝉は、相手が何をしてこようと取り合うつもりは全くなかった。
しかし、相手は形振りを構っていないのか、金蝉の身辺にまでその銃火は及んでいた。
だが、報復を良しとしない金蝉は、ざわつく組員に軽率な行動を慎むように命令し、それを末端の組員に至るまで徹底させた。

それで抗争は下火になるはずだったのだが、今回の相手は勝手が違った。

今までどんな抗争になろうと、息子の悟空にまで危害が及ぶことはほとんど無かった。
その悟空にまで銃火が及んだのだ。

それは組員達を酷く怒らせるとともに、穏便に済まそうとしていた金蝉の逆鱗にも触れることとなった。
為に、抗争は一気に激化し、酷く世間を騒がせることなった。

毎日、新聞を賑わし、ついには警察幹部の伯母を動かす騒ぎとなった。




事此処に至って、悟空の自由は、完全に無くなったのだった。




学校の行き帰りは、防弾仕様の車で悟浄と八戒が送り迎えをする。
当然、外出は禁じられた。
三蔵とのデートなど、無論出来るはずもなく、毎夜、三蔵に掛ける携帯電話だけの逢瀬が続いていた。

それもそろそろ限界─────




「今日はお月様が綺麗ですよ」
「…うん」

部屋の窓を全開にして、そこにもたれてぼんやりしている悟空の姿に、八戒は小さく息を吐く。

「久しぶりにカードでもするか?」
「う、ん…いいや……」

心ここにあらずな風情の悟空に、悟浄は八戒と顔を見合わせる。

「抗争が収まるまでだから、我慢してくれ…」
「…分かってるから……さ…」

そう言って笑う表情が、酷く寂しげに八戒と悟浄には見える。

「ごめん…一人にしてくんないかな?」
「でも…」
「家の中は、安全なんだろ?」
「そうですが…」
「八戒」

悟浄にもうそれ以上は言うなと遮られて、八戒は「分かりました」とようやく頷いた。

「何かあったら呼んで下さいね」
「うん…」

心配で後ろ髪を引かれるように八戒は悟浄に促されて、悟空の私室を出て行った。
















しばらくして音もなく、窓の外へ悟空は降り立った。

隠しておいたスニーカーを履いて、ジャンパーを羽織って、窓に手を掛けた。
平屋建ての家のこと、窓の外はすぐに地面で。
悟空は息を殺して降り立った地面にしばらく踞り、気配を探った。

幸いに、悟空の部屋は屋敷の一番奥にあるため見張りの人間もいない。
悟空は植え込みに沿って、誰も知らない悟空専用の抜け道から屋敷の外に出た。

そして、服に付いた泥を簡単に払うと、真っ直ぐ、三蔵の待つ家の裏手の公園へ全力で駆け出した。











恋人と会えなくて煮詰まっていたのは悟空だけではなく、三蔵もまた限界に来ていた。

組の抗争が、激化する中、悟空が身動き取れないことは十分理解していた。
だが、もう電話だけでは物足りないのだ。
声だけでは物足りないのだ。

あの華奢な身体を抱きしめ、そのぬくもりを手にしたいのだ。
例え、ほんの少しの時間でも。

だから、呼び出した。
危険を承知の賭けであった。











八戒と悟浄が悟空の様子を見に来る少し前、三蔵からメールが入った。

”裏の公園に居る”

と。
悟空はそのメールに、涙が溢れた。
いつもは悟空が逢いたいと行動を起こすのに、今回は三蔵が動いてくれたのだ。
あの面倒くさがりの三蔵が。

すぐさま飛んで行きたかったが、すぐに八戒と悟浄が部屋へやってきた。
トイレに行く振りをして、玄関からスニーカーを隠し持って部屋に戻ったり、何度も覗きに来る八戒と悟浄の目を盗んで外出の準備をし、抜け出すタイミングを計った。

だが、なかなか抜け出すタイミングが掴めない。

ようやく部屋から八戒と悟浄を追いやることに成功した時には、三蔵からメールを貰って一時間以上が経っていた。
ひょっとしたら、気の短い三蔵のこと、もう居ないかも知れない。
それでも、ひょっとしたらという望みを胸に、悟空は公園へ走った。











公園の柵を軽く跳び越え、悟空は公園へ足を踏み入れた。
そして、三蔵の姿を捜す。

「さんぞ?」

走って上がった息もそのままに、悟空は三蔵を探して公園の中心まで小走りに駆けた。
そして、小さな噴水の傍らに、目指す愛しい黄金を見つけた。

「三蔵!」

声を上げて駆け出す。
その声に三蔵は振り向き、思わず両手を広げた。
その腕に飛び込んでくる愛しい少年。

「…遅い」
「ごめん。八戒達からなかなか…んっ…」

言い訳は熱い口付けに攫われた。
深く、激しくお互いを求め合う。

「…ふぁ…ぅん……」

悟空が零す甘い吐息に口付けはより深くなり、悟空は立っていられなくなってくる。
縋りつく手が小刻みに震えて、ついにかくんと、悟空の膝が折れた。
崩れそうになった身体を三蔵は抱き留めると、名残惜しげに唇を離した。

「……もう、やりすぎ…」

顔を朱に染めて、荒い息を吐く。
艶やかに潤んだ瞳が、三蔵を睨んでも誘っているようにしか見えない。

「説得力ねぇ」
「…バカ」

くすくすと三蔵の腕に抱かれて悟空は、欲に染まった紫暗を見返した。
だが、甘い雰囲気もそこまでだった。

「三蔵さ、久しぶりに運動しような」
「何?」
「憂さ晴らしできるよ」

悟空の纏う空気が変わったことに、三蔵は危険が迫っている事を知る。

「…悟空」
「気にしないで伸してね。こいつらのお陰で三蔵と逢えないんだから」

するりと、三蔵の腕から抜け出た悟空は、三蔵と共に地面に転がった。
途端、間近で着弾の音。

「走って、三蔵!」

悟空の声を合図に、二人は公園の出口に向かって走り出した。
その後を追うように銃弾が降ってくる。

「悟空!」
「ごめん、三蔵」
「構わねぇって言わなかったか?」
「言った」
「なら、巻き込んどけ」

当たらない銃に業を煮やしたのか、襲ってきた男達が姿を見せた。
前からも後ろからもわらわらと寄ってくる。
立ち止まった二人を囲むなり、襲いかかってきた。











「だ、大丈夫?」
「ああ…なんとか、な」

地面に倒れた男達の間で、悟空は膝に手を突いて荒い息を吐きながら傍らの三蔵を見やった。
三蔵は、傍らの木に背中を預けて荒い息を吐いている。

街灯に照らされた三蔵の顔や見えるところにはケガを負っているようには見えず、ひとまず悟空を安心させた。

と、また入り口からバタバタと人が走ってくるざわついた気配がする。

「…やべっ。三蔵、こっち」
「あァ?」

走ってくる人の気配に何を感じたか、悟空は徐に三蔵の手を掴むと近くの茂みに滑り込んだ。
それと同時に、聞き慣れた悟空の側近達の声がする。

そこに伸びている悟空を襲った男達が、引きずり起こされ、怒っているのがありありと分かる八戒と悟浄に引っ立てられてゆくのが、茂みから見て取れた。

「恐ぇ…」

肩を竦める悟空の様子に呆れながらも三蔵は、怒った八戒の様子に、コイツには逆らわない方が良いと、心に刻みつけた。

去り際、八戒が振り返って、

「日付が変わるまでには、戻ってくるんですよ、悟空」

と、にっこり笑った。
その言葉に、悟空と三蔵はしばらく、身動きも息すら出来なかった。










喧噪が去り、八戒の呪縛からようやく解けた二人は大きく息を吐き、お互いの顔を見合わせて小さく笑った。

「帰ったら大目玉もらいそ…」

そう言って笑う悟空を三蔵は徐に押し倒した。

「送っていって一緒に怒られてやるから、もう黙れ」
「…うん」

艶やかに頬笑んで、悟空は三蔵の背中に腕を回した。
やがて零れる甘やかな吐息。




久しぶりの熱い恋人達の逢瀬を中天を過ぎた三日月が、ほんのりと頬を染めて見下ろしていた。




end

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