with a smile

風呂上がり、軽い息を漏らして悟空が水を飲む。
上下する喉を寝台に座って見つめながら、三蔵はタバコに火を付けた。

「あぁーっ、うっめぇ」

くうっと、息を吐き、まるで冷えたビールを一気に呷った後のような感嘆の声を上げて、悟空は濡れた口元を拭って笑った。
その仕草と笑顔に、三蔵は何となくげんなりして、吸い込んだタバコの煙と一緒に、ため息を吐き出した。

「どうかした?」

三蔵の気分の変化に敏感に気付いた悟空が小首を傾げて三蔵を振り返った。
そのつい今し方見せた姿がウソだったように、酷く幼い仕草に、三蔵は微かに紫暗を見開いた。
この二面性というか、ころころと表情の変わる子供になんと自分は気持ちを振り回されているのだろう。
そう思えば、何となくむかついて、三蔵は最初に感じた気持ちを言葉にした。

「オヤジ臭ぇ」

三蔵の言葉に悟空はきょとんと、表情をなくし、すぐに風呂上がりで上気した桜色の頬を丸く膨らませた。

「何だよ、それぇ」

唇を尖らせ、むうっと怒ったような、拗ねたような表情で三蔵を睨んできた。
それに三蔵は面白そうに瞳を眇め、

「あまりのオヤジ臭さに、百年の恋も冷めるってな」

そう言って、笑えば、

「俺の何処がオヤジ臭いんだよ?こんなピチピチの青少年を捕まえてぇっ」

腰に手を当てて、バスタオルを首にかけたまま、三蔵の顔を覗き込んでくる。

「水の飲みっぷり」

笑いを堪えて告げれば、

「はぁ…?!」

それはもうこれでもかと言う程、あっけにとられた顔を悟空は三蔵の前に曝した。
その顔のあまりの無防備さに、三蔵は遂に我慢しきれず、声を上げて笑い出した。

「ちょ…な、何だよ、もうっ!」

バカにされた事もわかるので怒りたいのに、三蔵の滅多に見ない屈託のない笑い顔に悟空は見蕩れてしまう。
普段、笑わない訳でもない三蔵は、悟空以外の人間には表情が乏しいと思われがちだ。
けれど、悟空に言わせればそれはウソだ。
見ていればわかる。

すぐに拗ねる。
すぐに怒る。
苛つく。
落ち込む。
びっくりする。
笑う。
機嫌がいい。
嬉しい。
楽しい。
つまらない。
たいくつ。
呆れる。
戸惑う。
泣きそうになる。

それは表情豊かに、三蔵は人と接している。
どこが、無表情で感情の読めない気難しい人間なんだか。

でも、と思う。
三蔵は警戒心が強いし、人見知りだ。
初めて逢う人間に決して気持ちは許さない。
当たり前と言えばそうなのだが、けれど、一度懐に入れてしまえば信じられないくらい無防備になる。

そう、最近とある事件で知り合った悟浄や八戒がそうだ。
笙玄なんて家族みたいに扱って、無意識に甘えてたりもする。
三蔵が寄せる信頼は深い。

だから、こうして自分にも無防備に笑い顔を見せてくれるのだと、悟空は良く理解している。
だけれど、人をからかって笑うなんて、いくら魅力的な笑顔を見せられてもと、許せない。
見つめれば、見つめただけ、見蕩れてしまう三蔵の笑顔から視線を外し、悟空は笑う三蔵を押さえ込むように抱きついた。

「もう、笑うなってば!」

口を塞ごうとした手が捉えられ、あっという間に悟空は三蔵に組み敷かれた。

「さ、さんぞっ!」
手に持っていたタバコを灰皿にねじ込んで、三蔵は悟空の赤くなった顔を見下ろして笑った。
その笑顔は先程は違う色をはいていて、

「オヤジ臭いピチピチ青少年」
「な、なんだよ?」

楽しそうに言われて、軽く三蔵を睨めば、

「やらせろ」

と、きた。
悟空は三蔵の言葉に、今夜二度目の二の句が継げない状態に陥った。
けれど、

「スケベオヤジ」

と、言い返せば、

「悪いか?」

目元を綻ばせたまま、三蔵が悟空の顔を覗き込んできた。
それに、

「オヤジ同士?」

問えば、一瞬考える素振りを見せて、

「スケベオヤジなぴちぴち青年」

と、返事が返った。

「信じられねぇっ!」

怒鳴った悟空の声は振ってきた口付けに呑み込まれた。




end

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