最近、三蔵は働き詰めだった。
悟空の顔も寝顔しか見ていない。 幾ら立て込んでいるとは言っても、限度というモノがある。
Lay a snare
「笙玄、てめぇ何か俺に恨みでもあるのか?」 仕事の多さに堪りかねた三蔵が、イライラと最近すっかり量の増えた煙草を吹かしながら、用の済んだ書類を整理している笙玄に訊いた。 三蔵がこんな事を口にする・・・それは珍しいことで、一瞬、笙玄は我が耳を疑ったが、苦虫を盛大に噛みつぶしたような三蔵の顔を見て、それが事実だと認識する。
「いいえ、何か私が恨むようなことを三蔵様は、なさったのでございますか?」 しれっと、聞き返す笙玄の笑顔が、忌々しい。 そうなのだ。 この目の前で人好きのする笑顔を湛えている側係が、実はとても食えない人間で在るという事を、三蔵は身に染みて知っていたのだ。 「三蔵様?」 投げ捨てるように笙玄にそう告げると、個室に向かった。 「ちょっとご負担が大きかったでしょうか…」 ただでさえ細い三蔵の身体がまた少し細くなったような気までしてきて、笙玄は後悔を覚えた。 「何事もやりすぎは良くありませんね」 そう呟いて、笙玄は三蔵の裁可のくだった書類を束ねると、執務室を後にした。
個室に座って三蔵は、笙玄から逃げる算段を始めた。 今回のことでわかったことは、悟空を巻き込むとろくな事にならないと言うことだった。 「マジ、頭痛えな…」 結局、良い案が短時間で浮かぶはずもなく、三蔵は個室を後にした。
執務室へ戻ってみれば、山積みだった書類が、気持ち減ったような気がした。 何で、減って… 気が付いた。 「…やろう、笙玄」 やってくれたのだ、あの側係は。 何が気に入らなかったのか、何があいつの怒りを買ったのか、そんなことはどうでも良かった。 「覚えてろよ…」 呟く口元は、嬉しそうにほころんでいた。
「あ…やっ……ん…」 辿る三蔵の指に悟空は華奢な身体を振るわせて、すがりつく。 「…さん…ぞ…」 久しぶりに重ねる身体は、お互いがお互いを貪るように貪欲に求め合う。 「…も、もう…だめぇ…」 揺すり上げられ、追い落とされ、翻弄されながら悟空は高みへと上り詰め、果てた。 「やぁ…も、許してぇ…ああ…」 冷めやらぬ身体を突き上げる熱に、悟空は三蔵にすがりつき許しを請う。 「…悟空」 汗と涙に濡れた悟空の顔にそっと、口づけを落とすと、閉じられていた瞳が、鮮やかな金色の花を咲かせた。 「…さんぞ…」 舌足らずに名前を呼ぶ声は掠れていた。 「悟空、お前、笙玄のことは好きか?」 三蔵に珍しく、身体を重ねた後の優しい行動にうっとりしていた悟空は、三蔵の思いも掛けない言葉に腕の中から顔を見上げた。 「どうだ?」 三蔵の言葉に思わず、三蔵の顔を覗き込む。 「何、考えてるの?」 ほころんだ表情のまま、三蔵は悟空の上にもう一度、覆い被さった。 「さんぞ、まだ…」 重ねられた唇の甘さに、悟空の抗議は飲み込まれた。
笙玄は、戸惑っていた。 可愛い悟空の態度に。 自分を好いてくれるのは嬉しい。 悟空はスキンシップが大好きだ。 どうなさったのでしょう… 目を剥くような三蔵の仕事への姿勢の変わりよう、照れて恥ずかしくなるような悟空のスキンシップに笙玄は、深い深いため息を吐くのだった。
風呂から上がった悟空は、タオルで濡れた髪を拭きながら、窓辺の長椅子で新聞を読みつつ、ビールを飲んでいる三蔵の元へ行った。 「なあ、何か笙玄、変だぞ?」 バスタオルを首に掛けて、悟空は三蔵の横に座る。 「どこが?」 新聞から顔も上げずに三蔵が、聞き返す。 「んーっと、何か困ったような顔をしてるかと思うと、すっげぇ嬉しそうだったり?そわそわしてたり、物思いにふけってたりぃ…」 悟空の言葉を聞きながら、三蔵は口元が緩んでくる。 「別に変じゃねえぞ」 三蔵の呆れた声に悟空は、ぷうっと頬を膨らます。 「笙玄って、いっつも優しく笑ってるじゃん。その笑い顔が俺好きなのに、この頃そんな風に笑ってくれないんだよ」 そう、寂しそうに告げた。 「それが何で笙玄の余裕になる?」 悟空の言うことに、納得を覚え、悟空の告げる最近の笙玄の様子に三蔵は、内心ほくそ笑む。 引き際を間違えないようにしねえとな… そうは思っても、笙玄の懲りた顔を見たい三蔵であった。
「俺が、笙玄のこと好きだって、態度で表すから変なのかな」 タオルの端を弄びながら、悟空が三蔵に伺いを立てるように見やる。 「どんな風にやってんだ?」 興味の湧いた三蔵が、悟空の「態度で示す大好き」の様子を訊く。 「どんな風って、ぎゅってしたり、ほっぺにちゅうしたり、すりすりしたり…」 悟空の予想通りの答えに、三蔵は思わず口元が緩む。 三蔵が、面白そうに肩を揺らして笑っていることに気が付いた悟空は、むうっと、頬を膨らませて、三蔵にくってかかった。 「何だよ!三蔵が態度で示せって言ったんじゃんか。なのに、何で笑うんだよ!」 笑いをこらえながら三蔵はそう言うのが精一杯で、悟空の機嫌を直すまでには至らない。 「三蔵のバカぁ!」 タオルは見事に三蔵の顔にヒットし、そのきれいな頬が微かに赤くなった。 「っつてぇ…」 思わず顔を押さえた三蔵に悟空は、しまったという顔をする。 「てめぇ…」 慌てて謝る悟空の腕を掴むと、三蔵は自分の前にその身体を引き据えた。 「覚悟しろ」 言うが早いか、三蔵は引き据えた悟空の身体を軽々と担ぎ上げると、 「一晩、償ってもらう」 そう言って、楽しそうに笑った。
三蔵が殊勝に仕事をこなし、悟空が笙玄大好き攻撃を始めて、一週間、遂に笙玄は耐えきれなくなった。 彼には珍しく、酷く疲れた顔色で三蔵の寝所に姿を見せた。 「どうしたの?どっか具合悪いの?ここに座って」 おろおろと笙玄の傍に食卓の椅子を持って来て、座るように勧める。 「ありがとうございます」 引きつった笑い顔を浮かべて、笙玄は悟空の差し出した椅子に座った。 「三蔵…様、あの…」 恐る恐る笙玄は、目の前の長椅子に座る三蔵を見やって、口を開いた。 「笙玄、ほら、水」 笑う顔が、どう見ても引きつっているのに悟空は、心配そうに顔を曇らせる。 ヤリ過ぎか? 小猿の曇った顔は、三蔵とて見たくはない。 そんな三蔵の心の内など笙玄は知らず、意を決したように改めて三蔵に向き直ると口を開いた。 「三蔵様、一体何があったのでしょう?」 笙玄の言い様は、失礼千万この上なかった。 「大概、失礼な奴だな、てめえは」 三蔵の呆れた言葉に、笙玄はしどろもどろになる。 「別に、気が向いただけだ。明日は、知らねえがな」 そう言って、口元を僅かにほころばせる。
悟空は、黙って笙玄と三蔵とのやり取りを聞いていたが、ここに来てようやく、三蔵が考えていたことが理解できた。
笙玄、ひょっとして三蔵にケンカ売ったのか? いや、売ったという言葉はこの際、適切ではない。
「き、気が向いただけ、でございますか?」 三蔵の言葉に笙玄は、心底ほっとした表情になる。 「どうして?」 悟空も笙玄の安心した様子に、驚きを隠せない。 「いえ、三蔵様が心を入れ替えになって、まじめになられたのかと、生きた心地がしなかったのです。ああ、これで、明日から安心して仕事が出来ます」 そう笙玄は嬉しそうに笑うと、立ち上がった。 「お休みなさいませ」 と、百年の憂いが取れたようなすがすがしい顔で挨拶すると、足取りも軽く寝所を出て行った。 「さんぞ…」 笙玄の出て行った扉を見つめたまま、三蔵と悟空はしばらく動けなかった。
その夜、八つ当たり気味に三蔵に抱かれた悟空は、翌朝も三蔵に離してもらえず、日がな一日、寝台の住人となりはてた。 そして、今後一切、笙玄をからかうのは止めようと三蔵は誓ったとか、誓わなかったとか。
全て世は、事もナシ。
end |
リクエスト:三空で、三蔵が誰かに罠をかける寺院時代のお話 |
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ありがとうございました。 謹んで、坂巻ナオ様に捧げます。 |
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