木蓮の木の下で (2003.3.31/寺院時代)
桜の花が綻び始めた。
今は、コブシや木蓮が白い花を競って咲かせている。

その木蓮の木はとても大きくて、背が高かった。
こんなに大きな木蓮の木なんて見たことがないと、悟空はぽかんと見上げていた。




どれ程、そうしていたのか。
すぐ傍で、くすくすと笑う声が聞こえた。

「誰?」

慌てて振り向けば、白いふわりと開いた衣装を纏った少女が立っていた。

「こんにちは」

少女が悟空に頬笑む。
悟空もつられて頬笑めば、そこに親愛の情が生まれた。

「俺、悟空」
「私は、蓮」

笑い合い、瞳が合って、二人は友達になった。




大きな木蓮の木の根元で、二人は子犬がじゃれ合うように遊んだ。




やがて、純白の木蓮の花がほんのりと赤く染まる。
夕暮れの始まりだった。

遊んでいた悟空の動きが止まった。

「どうしたの?」

二人の周囲に集まって、共に遊んでいた山の友達達も蓮と一緒に悟空を伺う。

「…うん、帰らなくちゃ」
「どうして?」
「だって、夕焼けが始まってるから。三蔵との約束だから」
「どうしても?」
「うん。ごめん…」

うつむく悟空に蓮は、小さくため息を吐く。

「悟空は、いつでもあの人が一番なんだね」
「えっ?」

蓮の小さな呟きに、悟空は何と、顔を上げた。

「ううん。また、遊べる?」

聞いてくる蓮の少し寂しそうな顔に、悟空ははんなりと笑いかけると、元気に頷いた。

「大丈夫。明日も遊べるよ」

その答えに蓮の顔が、本当に花開くようにほころんだ。



一瞬重なる白い花の影。



「じゃあ、明日ね」
「うん、明日な」

二人は約束して別れた。














その夜、寝台に潜り込んでくる悟空の身体から、ほんの微かに木蓮の花の香りがした。
柔らかなオレンジの常夜灯に照らされて、穏やかな光を放つその黄金の瞳にとても似合うと、三蔵は思った。

「あのね、今日ね大きな木蓮の木とね綺麗で真っ白な子に逢ったんだ…」

睦言のように紡がれる悟空の話を三蔵は聞きながら、そっと悟空のまろい頬に指を這わす。
その感触に悟空は少し艶を含んだ笑顔を浮かべると、その手を握り込んで口元へ持っていった。
そして、三蔵の指に口付けると、

「三蔵も真っ白で…とても綺麗だ…」

そう言って笑った。




やがて、降るような口付けにその笑顔は溶け、穏やかな春の宵は甘やかな吐息に染まった。




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