七夕の夜 (2003.7.7/寺院時代
赤、緑、黄色、金色、銀色、桃色、青・・・とりどりの色紙を部屋中に広げて、悟空と笙玄は、七夕飾りに余念がない。
そんな二人の様子を三蔵は、広げた新聞の隙間から見つめている。




ことの発端は、先日買い与えた絵本。




織り姫と彦星の天の川を挟んだ恋物語にいたく感動したらしい悟空は、その一年に一度の逢瀬を祝福したいと言い出した。
ならば、星に願い事を書いた短冊を吊した笹飾りを作ろうと、笙玄が提案する。
その提案が何のことか分からなかった悟空も笙玄の説明に、嬉しそうに頷き、今に至る。

だが、昔から何のいたずらか、偶然か、七夕の日は雨が降る。
二人の逢瀬を阻む無情な雨が、必ず降る。
もっとも雲の上は、いつでも晴天で遮るモノのない天の川が夜空を流れてはいるのだが、それは無粋なことでしかない。

三蔵は窓から見えるどんよりと曇った空に視線を移して、今にも泣きそうな雲行きに小さくため息を吐いた。
悟空が七夕を祝う今日は、日暮れから歳時の行事、星祭りが入っている。
戻って来るのは、夜中になるだろう。

「一緒にお祝いしてね」

と言われていたが、その願いを叶えてやることは出来ない。
その上雨が降ったら、せっかくの楽しい気分は萎んでしまうだろう。
三蔵は、よかれと思って提案をした笙玄に、腹立ちを覚えるのだった。






いつもよりずいぶんと早い夕食後、薄緑に五色の房の付いた衣と五色の金糸で星廻図を織り込んだ袈裟を身につけて、三蔵は仕事に出掛けていった。
その背中を寂しげに見送った悟空は、窓辺に飾った笹の傍に立って、先程から降り出した雨を見つめた。

「こんな日に、雨なんて…」
「天の神様が、焼き餅を焼いていらっしゃるんですよ、きっと」
「焼き餅?」
「はい。仲の良い二人が羨ましいんですよ」
「そっかな…」
「そうですよ」

七夕のお供え菓子を窓辺の小机に置いた笙玄が、楽しそうに笑う。
その笑顔に誘われるように悟空の顔に笑みが生まれた。






いつもより遅い時間まで笙玄は悟空と一緒に七夕の話をしていたが、日付が変わる時刻になる頃、自室へ引き揚げて行った。
その後、寝室へ移動し、その窓を全開にしてしのつく雨を眺めていた悟空だったが、いつの間にか窓にもたれたまま眠ってしまった。

やがて、日付も変わった深夜、行事を終えた三蔵が戻ってきた。
疲れた身体をほぐすために、衣と袈裟を脱ぎ捨てるなり湯殿へ入っていく。
さっぱりとした顔で居間に戻った三蔵は、窓辺の笹飾りに近づいた。
微かな風に揺れる短冊や飾りにしばらくその瞳を遊ばせて、手近な短冊を手に取れば、拙い字で願い事が書かれていた。
その内容に三蔵は、紫暗を柔らかくほころばせる。
そして、居間の窓を閉めて寝室へ入った三蔵は、窓にもたれて眠る悟空を見つけた。




起こさないように寝台の上に登り、悟空をその腕に抱き込む。
と、悟空が身じろぎ、目を開けた。

「…おかえり…さんぞ…」

目の前に三蔵の姿を見つけて、半ば寝ぼけた声で出迎える。
それに三蔵は小さく返事を返してやると、悟空は嬉しそうに笑った。
そして、すり寄るように三蔵の腕に身体を預けてくる。
仕方なしに三蔵は悟空の身体を膝に抱き上げ、風呂上がりの火照った身体を冷まそうと、窓にもたれた。

開け放した窓から涼しい風が、濡れた三蔵の髪を微かに揺らす。
その風に誘われるように外を見れば、雲が切れて満天の星空が見えていた。

「…今年の逢瀬は、叶ったらしいぞ」

柄にもないことを呟いて、三蔵は腕の中の悟空を見やれば、安らかな寝息を立て眠っていた。
その幼い寝顔にはんなりとした笑顔を見せた三蔵は、そっと口付けを落としたのだった。




close