ラブレターって何? (2004.2.13〜2.21/寺院時代)
「なあ、ラブレターって何だ?」

昼食後、仕事に戻ろうとした三蔵の背中に悟空が訊いてきた。
それに一瞬、三蔵の背中が固まる。

「どうしたんです?」

笙玄が食器を片付ける手を止めて、心なしか引きつった笑顔を悟空に向けた。

「…んっと、昨日、友達の艮がラブレター書いたって言ってたから、それって何なのかなぁって」

デザートに出された白玉団子を頬ばりながら、悟空が説明した。
仕事に戻りかけた三蔵は、扉の傍で悟空の様子を窺っている。

「ラブレターっていうのは、手紙の種類のことです」
「手紙か…でも、何でラブレターって言うの?」
「それは…」

笙玄は戸口に立つ三蔵へちらりと視線を投げた後、

「それはね、好きな人に自分の好きな気持ちを伝えるために書く手紙だからです。気持ちを込めて、好きという気持ちや愛していると言う気持ちを書き綴るからなんですよ」
「好きな…人?好きな気持ち?」
「ええ、逢って気持ちが上手く言えない時に、手紙なら素直に書けるから…」
「そうなんだ」
「そうなんですよ」
「ふうん…」

笙玄の説明を理解したのか、していないのか、小首を傾げて悟空は考えている。
その僅かな沈黙に、三蔵は何故かこれ以上聞きたくない、この場所に居たくないという思いで居たたまれなくなった。
三蔵は静かに扉を開けると、逃げるように執務室へ戻って行った。

ぱたんと、扉が閉まる軽い音で、悟空は我に返った。

「あれ、さんぞ?」
「お仕事にお戻りになられましたよ」
「そっか…」

笙玄の答えに残念そうに笑った。
そして、

「ラブレターって、本当に好きな人に宛てて書くの?」

何かを確認するように、笙玄に念を押す。

「はい。本当に好きな人に宛てて書く、手紙です」
「…手紙、かぁ…」

フォークをくわえたまま、悟空はじっと、また考え込んでしまった。












執務室に戻った三蔵は落ち着かない。

悟空が誰かに宛てて、ラブレターを書くのだろうか?

そのことを考えるだけでそわそわする。
別に気にするようなことでは無いはずなのに、どうにも気になって仕方ない。
お陰で仕事に集中できず、口にする煙草の本数が増えるばかり。




三蔵が執務室でそわそわ落ち着かないでいる一方で、悟空は窓辺に腰掛けて思案に暮れていた。
手紙なんて全くと言っていいほど書いたことなど無い。
ましてやラブレターなんて無論のことだ。

「好きな人に好きな気持ちを伝える手紙…か」

悟空のこの世で一番好きなのは三蔵だ。
三蔵以外に考えられない。
でも、好きだと言う気持ちはいつも、どこででも三蔵に伝えている。

お日様みたいにきらきらしてる三蔵が好き。
岩牢から出して、広い世界をくれた三蔵が好き。
ぶっきらぼうでいつも不機嫌だけど、本当は優しい三蔵が好き。
三蔵の金色の髪が好き。
綺麗な紫暗の瞳が好き。
耳障りの良い深い声が好き。

そう、三蔵という存在が、人間が大好きなのだ。

そんなこと今更、改めて書くほどでもない。
夜毎、日毎、朝な夕な、喧嘩していても仲良くしていても気持ちは溢れて、言葉となって三蔵へ伝えている。

悟空は深く深呼吸すると、反動を付けて立ち上がった。
そして、大きく頷き、執務室と寝所を繋ぐ回廊へと続く扉を開けた。





細く開けた執務室の扉。
隙間から見える三蔵は、いつもよりも難しい顔をして仕事をしている。
見渡す室内は薄ぼんやりと煙草の煙が充満しているように見えた。



仕事、難しいのかな…?



などと悟空は思うが、本当は悟空のラブレター発言が気になって落ち着かないのだ。
そんなことに気が回る悟空ではないから、三蔵の様子を仕事が難しいからだと、結論付ける。



どうしよう…



先程固めた決心が、少し揺らいでくる。
でも、と思う。
手紙で思いを伝えるなどというまどろっこしい事よりも、顔を見て、あの綺麗な黄金と紫暗の宝石を見つめて思いを伝えたいのだ。
そうすることに勝ちがあるような気がする。
また、そうしないと三蔵に信じてもらえないような気がするのだ。
悟空は暫く逡巡したあと、執務室の扉を開けた。




扉が開いた気配に顔を上げれば、悟空が何か思い詰めたような瞳で近づいてくるのが見えた。
三蔵は集中できない書類を机の上に投げ出し、近づいてくる悟空に身体を向けた。

「…さんぞ、邪魔した?」

椅子に座る三蔵の前に立って、悟空は恐る恐る訊く。

「何だ?」

それには答えず、質問を返す。

「あ…えっと…目、瞑って?」
「あぁ?」

返された質問に戸惑ったような表情を浮かべたかと思うと、ほんのりと頬を染める。

「いいから、目、瞑って」
「悟空?」
「…なぁ」

僅かに潤んだ金眼が椅子に座る三蔵を見下ろしてくる。
それに三蔵は怪訝な顔をしていたが、目を瞑らないと先へは進まないらしいことに納得して、目を閉じた。

暫く迷っているような気配がしたかと思うと、膝に重みがかかった。
それと同時に薫る日向の悟空の匂い。
首筋に回される腕に温もりに、三蔵の腕が悟空の腰に回る。

「目、開けて」

言われた通り瞳を開ければ、すぐ目の前に悟空の黄金があった。

「あ、あのな…ラブレターって、自分の気持ちを伝える手紙なんだって。でも、でもな、俺…手紙なんて書いた事ねぇし、書くより言った方が早いって……そんで…」

そう告げる瞳は伏し目がちに、顔から首筋、耳、何もかもが桜色に染まって行く。

「それで?」

静かに告げられた三蔵の声に、悟空の全てがあっという間に朱に染まる。

「…そ、んで…だから…俺、三蔵が大好き。世界で一番好き」

最後の方は小声になって、恥ずかしさにぎゅっと三蔵の首筋に顔を埋めてしまった。
その為に悟空は、三蔵の顔に浮かんだ柔らかな笑顔を見ることはなかった。

三蔵は悟空の行動と告白に、悟空に回した腕に力を込め、目の前に真っ赤に染まった耳朶に返事を返した。

「…知ってる、悟空」

と。




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