風邪引き笙玄 (2004.5.24〜7.4/寺院時代) |
本人は真っ直ぐ歩いているつもりが、端から見ればよろよろと危なっかしい足取りで歩いている。 また、自分ではハッキリ答えているつもりが、他人が訊けばろれつの回らない話し方をしている。 その上、ほんのりと顔を赤らめ、肩で息なぞしてようものなら、まして、人前だとか、仕事中だとか考える余裕もなく、すとんとその場にしゃがみ込んでしまえば、それは決定的な事実を告げている。 それでも、普通だと言い張る人間を悟空は、三蔵以外に初めて見た。 三蔵も相当な強がりな意地っ張りだが、それに使える人間もまた、同じように強情であるらしかった。 「なあ、マジ倒れてるから…な、笙玄」 執務室の入り口で、崩れるように座り込んで動けなくなった笙玄に、悟空は先程から休むように説得を続けていた。 「大丈夫です。少し休めば、大丈夫ですから…」 真っ青な顔色で大丈夫と言われてハイそうですかと、言えるはずもない。 「笙玄、なあ、部屋へ行って寝てくれよ」 執務室の扉に寄りかかって、というより縋りついて立つ笙玄の僧衣の袂を悟空は握り締めて、訴える。 「心配しなくても、本当に大丈夫ですから…」 そう言った瞬間、遂に笙玄は意識を失った。 「さんぞ、笙玄が…」 泣きそうな顔で訴えてくる悟空を一蹴し、三蔵は笙玄の身体を肩に担ぎ上げると、寝所へ向かったのだった。
笙玄を悟空の寝台に寝かせ、三蔵は悟空に康永を呼びに行かせた。 「三蔵、連れてきた」 はあはあと息の上がった康永の姿に、三蔵は顔を顰める。 「…さ、三蔵様がどうかした、のかと…思ったら、笙玄だったんだな」 切れ切れに言いながら、意識のない笙玄の診察を始めた。
診察の終わった康永は、 「拗らせかけとるよ。こんなになるまで無理して。三蔵様と言い悟空と言い、本当に…」 そう言って、大きなため息を吐いた。 「忙しかったんだ。笙玄、本当に……」 今にも泣き出しそうな悟空の頭を康永は、くしゃりと撫でる。 「そんな顔せんでもいいよ。注射も打ったから、すぐ元気になる」 康永にもう一度、頭を撫でられ、悟空はようやく笑ったのだった。
荒い呼吸の笙玄。
俺…怖いよ…
氷の張った洗面器でタオルを冷やし、絞って笙玄の頭に載せるその手が小さく震えていた。
「笙玄、水いる?」 ようやく目を覚ました笙玄の顔を覗き込んで悟空が問えば、笙玄が頷く。 「笙玄、持ってきたよ」 差し出すコップを受け取った笙玄は、美味しそうにコップの水を飲み干した。 「悟空、ここは三蔵様と悟空の寝室ですか?」 慌てて寝台から下りようとする笙玄の腰に悟空がしがみついた。 「ダメ!まだ寝てなくちゃだめ」 尚も下りようとする笙玄の身体を悟空は力一杯押し留め、笙玄の身体に上に馬乗りになった。 「ダメなんだって。やっと目が覚めたのに…やっと熱が少し下がったのに…動いたらまた、熱が上がるじゃんかぁ」 見下ろす悟空の瞳に水の膜が張って。 「…心配をかけたんですね」 泣きそうに歪んだ悟空の頬に笙玄のまだ熱い掌が触れた。 「ほら…まだ熱、あるじゃんか」 そう言って、笙玄が笑った。 「このバカ猿!笙玄に何してやがる!!」 声の大きさと痛みに振り返れば、三蔵がハリセンを握り締めて立っていた。 「ご、ごめん!」 身体を起こす笙玄に謝る隙も与えず、また、三蔵のハリセンが悟空の頭にヒットした。 「治るまでここで寝てろ。俺と猿は居間で寝るから気にするな」 笙玄は三蔵の気遣いに深々と頭を下げた。
それから三日ほどして笙玄の風邪は無事、全快を見た。
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