おかえり (2004.8.3/parallel)
アカシアの並木の連なる通りの中程にある小さな喫茶店のテラス席で、悟空はノートを広げて課題を片付けることに夢中だった。
その為に、いつものメタリックシルバーの車が店の前の道路に止まった事にも気付かなかった。
その上、三蔵が声を掛けるまで三蔵が来たことにすら気付かなかったのだった。

書き込むノートが不意に翳ったことで漸く悟空は、書き込む手を止めた。

「何をそんなに熱心に書いている?」

上から下りてきた声に悟空は弾かれたように顔を上げる。
そこには、昼の明るい陽差しを纏った三蔵が居た。

「さ、んぞ…」

三蔵の名前を呟けば、目の前の三蔵は面白そうに片眉を上げてみせる。
そして、

「久しぶりだな」

そう言って、悟空の頬に触れた。
悟空は自分の頬に触れる指先の微かな温もりに、それが現実だと実感する。
その途端、くしゃっと悟空の顔が歪んだ。、

「さんぞのバカぁ…」

そう言って泣き出してしまった。
幸い悟空の座っているテラス席は植え込みの影で、周囲に人影もなかった。
お陰で三蔵は周囲から白い目では見られなかった。

「バカはねぇだろうが…」

悟空の泣く理由にたくさんの心当たりがある三蔵は苦笑を浮かべて悟空の頭をぽんぽんと軽く叩き、宥める。

「…バカだもん。心配させて…淋しくさせて……」

ぽろぽろと綺麗な蜂蜜色の瞳から透明な雫を溢れさせ、悟空は三蔵の不義理に文句を並べ立てた。
が、それはやがて無意識の愛の告白に変わり、

「それでも…三蔵が好き…」

という最後の一言は、三蔵の柔らかな口付けに消えた。
啄むような口付けに悟空の頬は朱に染まり、自分を見下ろす紫暗を潤んだ瞳で悟空は睨んだ。
それに三蔵はもう一度、口付けを落とし、

「ただいま」

と、晴れやかに笑った。




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