桜の頃の二人 (2004.9.2/寺院時代)
世界が桜の薄紅色に染まる。
大地の子にその姿を誇るように花弁を震わせて、色鮮やかに春の蒼天に咲き競う。

「三蔵、桜、見に行こうよ」
「忙しい」

静かな返事。

「なあ、綺麗なんだって」
「仕事が片づいたらな」

宥めるように。

「今、一番綺麗なんだから」
「煩い」

少し苛ついて。

「なあ、三蔵」
「喧しい」

眉間の皺が増える。

「な、な?」
「忙しいつってんだろうが!」

ばんっと机を叩いて遂に三蔵がキレた。
それにびくっと肩を竦ませて、悟空は三蔵を見上げた。

「だって…綺麗な桜…今だけなんだぞ」

微かに潤んでくる金瞳で三蔵を見つめても、三蔵は怒りに染まった紫暗を向けてくるだけで。

「何だよ!三蔵のケチ、あんぽんたん!!」

がつんと執務机を蹴って、悟空はもう一度三蔵の怒声が飛ぶ前に執務室を飛び出していった。
そんな悟空と入れ違いに笙玄が入ってきた。
自分の横を走り抜けてゆく悟空に、笙玄は怪訝な表情を浮かべていた。

「今のは悟空ですよね?何かございました?」

両手一杯の書類を抱えて三蔵の元へと近づく。

「何でもねぇよ…」

背もたれに身体を預け、煙草を三蔵はくわえた。

「そうですか?でも…」
「気にするな。いつものことだ」
「はあ…」

いまいち納得出来ない顔付きで頷きながら、笙玄は書類を机に積んだ。

「おい、その山は何だ?」
「え?あ、はい、これは伽藍の修理に関する公官庁へ提出する覚え書きや申請書です」
「……笙玄…」
「何を仰っても無駄ですので、諦めて下さいね」
「おい…」
「これは三蔵法師様の決裁印と書名がどうしても必要なのですから」

にっこり笑って説明する笙玄の笑顔に、三蔵はため息と零す。

「その代わりって言ったら何ですが、そちらの書類は全て引き取りますので」
「何を…」
「これらの書類の処理が終わりましたら悟空を構ってあげて下さいね」

そう言って、言葉の継げない三蔵を尻目に笙玄は書類の山を交換すると、執務室を出て行った。
ぱたんと、扉の閉まる音に漸く、三蔵は体の力を抜いたのだった。





  ***





悟空は三蔵に見せたかった桜の木の下で、膝を抱えて蹲っていた。
桜は盛りをやや過ぎ、その花びらを散らし始めていた。

はらり、はらりと舞う花びら。

それは悟空の心の寂しさを包むようで。
悟空は桜の幹に背中を預け、梢を見上げた。

満開に咲き誇る花達。
たわわに付いた薄紅の花弁の隙間に見え隠れする薄曇りの空。



何か、今の気分のまんまじゃん…



抱えていた膝を投げ出して、自嘲気味な笑いを零す。

「三蔵のバーカ」

声に出して三蔵への悪態を呟けば何となく気分が晴れた気がして、悟空はそのまま三蔵への悪態を吐いた。

「三蔵のあんぽんたん、ハーゲ、意地悪、ケチ。それからわからんちんの仕事虫…えっと…」

少し考えて、

「エロ坊主、生臭坊主に節操なしの…んと…」
「それから?」
「へっ?!」

突然の声に飛び上がるように振り向けば、眉間に皺を寄せた三蔵が悟空を見下ろしていた。

「それから何だ?」

怒りを含んだ声で再度、訊かれて、

「大好き!」

そう言って悟空は三蔵に抱きついた。

桜舞う春の日────




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