ある日の二人 (2004.10.11〜10.14/parallel・from Gaze)
たとえば、仕事明けの次の朝は、部屋の中は情事の後を全身に残した少年と青年が泥のような眠りに落ちている姿に出逢う。
昨夜というか、つい今朝方まで励んでいたらしい二人は、身体を綺麗にすることもせず、そのまま力尽きたようで、しどけない寝姿を晒していた。

昼も過ぎる頃、ようやく目を覚ました金髪の青年が気怠そうに身体を起こし、自分の姿と周囲の様子にうんざりしたため息を吐いた。
そして、のろのろと裸のまま、バスルームへ消え、すぐにシャワーの水音が響き出す。
青年の起きたベットには丸くなった少年がシーツを抱き込むようにして未だ眠っていた。
シーツから見える白い肌に紅い華を所狭しと咲かせて。

シャワーから出た青年は幾分すっきりした表情になっていた。
締め切ったカーテンを開け、窓まで開け広げて、青年はキッチンへ向かう。
そして、二人暮らしにしては大きすぎる冷蔵庫からミネラルウォーターの瓶を取り出すと、それを一気に半分ほど飲み干した。

風がふわりとカーテンをゆすり、濡れた青年の金糸に触れる。

青年は煙草をくわえると、キッチンに立った。
そして、昼食にも遅い今日、最初の食事を作り始めた。
やがて香ばしい匂いが部屋を満たす頃、少年がシーツの端を掴んだまま、素っ裸で起きてきた。

「…腹、減ったぁ…」
「シャワー浴びてきたら飯だ」
「…ん…」

こしこしとずいぶんと幼い仕草で目を擦ると、少年はシーツと共にバスルームへ消えた。
すぐにシャワーの水音が聞こえ、青年は料理を作る速度を上げた。
ちょうど、最後の一品が食卓に並べられるのと同時に少年が頭を拭きながら出てきた。

「う〜ん、イイ匂い」

嬉しそうに鼻をひくつかせて、椅子に座った。
それに青年は短くなった煙草を三角コーナーへ捨て、湯気の立つマグカップを二つ持ってキッチンから出てきた。

「いただきます」

ぱんっと、手を合わせて、少年はテーブルを所狭しと埋めた料理を食べ始めた。

「なあ、今日の予定は?」

半分ほど食事が済んだ所で少年が、青年に尋ねた。

「掃除と洗濯だ」
「仕事は?」
「打ち合わせは明日だ」
「そっか…」

スプーンをくわえて、少年が残念そうに頷く。

「今晩、あのベットで寝たかったら何もしないが?」

それに青年は小さく笑うと、そう言って口元を歪めた。
途端、少年がその瞳を見開いて大きく首を振った。

「冗談!洗濯して布団干す!」
「良い子だ」

むうっとふくれっ面で目の前に座る青年を睨んで、少年は残った料理を大急ぎで食べ始めた。




汚れた食器を食器洗浄機に放り込んで、青年と少年は家中の窓を開け放った。
乾いた風が部屋の中を吹き抜け、澱んだ空気を洗い流して行く。

少年は寝室のシーツやらベッドパッドを抱えて洗面所へ。
青年は布団をベランダへ。

二人の暮らす部屋は都心から離れた閑静な住宅地に立つマンションの一室。
といっても最上階ワンフロアが一部屋という億ションだったりする。
所有者は青年。
日頃の稼ぎをつぎ込んで買った本宅。
別宅はあちらこちらに。
二人の稼ぎ出すお金は常人には想像も出来ない金額だが、その分常に危険に曝されている。
だからこその平穏だった。

キングサイズのベットの布団を広いベランダの手すりに広げ、青年は脱ぎ散らかした服を拾い集めた。
と、少年の上着を拾い上げた時、ごとんと重い音をさせて、サバイバルナイフが落ちた。
それは少年の得物。
仕事道具だ。
それをあまりに無造作に放り出してあるのに、青年はちょっと眉を顰めたが、そのままそこへナイフを放置して、洗面所へ向かった。

「おい、悟空」
「何?」

洗面所の入り口から声を掛ければ、悟空がバスルームから顔を出した。

「得物転がってるぞ」
「うん、わかったぁ」

鼻先に付いた泡を袖口で拭いながら頷き、悟空はバスルームに消えた。
洗濯機の傍の籠に拾い集めた洋服を入れ、青年は洗い上がったシーツを引っ張り出した。
その後にベットパッドを投げ入れ、また、洗濯機を回す。

「三蔵、あとで買い出し行く?」
「ああ、全部終わったらな」
「了解」

三蔵は両手一杯のシーツを抱えてまた、ベランダに出て、物干しにシーツを広げた。
昼下がりの陽差しと風が、金糸を掬い上げて撫でて行く。

悟空はバスルームの掃除が終わったら、今度は掃除機を掛け始めた。
ワンフロア一住居な家は、二人で暮らすのは部屋数が多い。
当然使っていない部屋もあるが、そこも綺麗に丁寧に掃除機を掛けて行く。
その間に三蔵はまた、洗い上がった洗濯物を干し、新に洗濯物を洗濯機に帰ることを繰り返していた。

粗方、洗濯が終わった三蔵は洗い上がって、乾燥も終わった食器を片付ける。
掃除機を掛け終わった悟空はといえば、フローリングの床の拭き掃除を始めていた。
最後の洗濯がおわり、それらを干すと、部屋の中は健康的な一般家庭が出現した。

「じゃ、買い出し行こうぜ」

掃除の後の一服と煙草を吸っている三蔵に、床拭きの終わった悟空が声を掛けた。
それを合図に三蔵は煙草をもみ消すと、頷いたのだった。

夕方、日が暮れてすぐの時間に二人は来るまで五分ほどの所にあるスーパーへ出掛けた。
カートを押しながら野菜から見て回る。

「なあ、何日分買うの?」

山積みのリンゴを見ながら悟空が問えば、

「今夜と明日の朝の分だ」

と、答えがトマトを下げた三蔵が答えた。

「ええ〜何でぇ」

むうっと頬を膨らませる悟空の頭を三蔵は軽く小突く。

「明日は仕事の打ち合わせだ」
「そっか…八戒?」
「ああ」
「ならしょうがないか」
「そう言うことだ」
「うん」

納得した悟空はキュウリの山から何本か選び出し、カートに入れた。
その間に三蔵はジャガイモやタマネギ、ニンジンを必要なだけカートに放り込んで行く。
カートに入れてゆく食材の量は、二人で食べるにはいささか多い。
というか、多すぎる。
どう見ても大人五人から六人分はあろうかという量だ。
が、これで二人には丁度良い量だった。

なぜなら、ここに欠食児童が一人いるからだ。
悟空は華奢な見てくれとは違って、恐ろしいほどよく食べる。
三蔵と知り合った頃は、今の倍は食べていた。
何処に入るのかと我が目を疑うほどの量を食べきるのだ。
故に、三蔵と悟空の生活に締めるエンゲル係数は高い。
それでも、悟空の消費カロリーは摂取カロリーを上回るのか、それとも燃費が悪すぎるのか、痩せても太らない悟空だった。

野菜売り場を抜け、魚売り場へ。
そこで何種類かの切り身や刺身を買い、肉売り場へ移動する。
そこでは牛肉は言うに及ばず、豚肉、鶏肉にそれらの加工品を買い、牛乳やパンなども買って、レジへ向かった。

山のような食材の量とそれを運ぶ悟空と三蔵の様子にレジの担当者は目を剥き、暫し固まるのだった。




それぞれに両手一杯の食材を抱えて家に戻った二人は暗黙の内の分担に従ってそれぞれの仕事を始めた。
三蔵は食材と共にキッチンへ。
悟空は洗濯物を取り入れ、ベットメイキングと洗濯物の後片付け。

「なあ、今晩もスる?」
「シねぇ」

寝室から悟空が問えば、間髪入れず三蔵から返事が返る。

「ええ〜何でぇ」
「仕事だ」
「ちぇ…」

舌打ち一つを残して悟空は寝室へ戻った。
綺麗にベットメイキングを終え、洗濯物をきれいに畳んでクローゼットにしまいこむ。
そして、開け放っていた家中の窓を閉め、カーテンを閉めてゆく。
リビングを残し、全ての部屋の戸締まりを終えると、悟空はバスルームへ消えた。
すぐに湯を張る音が聞こえ出す。
その間に三蔵は買ってきた食材のほぼ三分の二を使って、今夜の夕食を作った。
毎回毎回、一体自分は何人の人間と暮らしているのかと錯覚を起こすほどの量と種類。
思わず今の仕事を辞めてもコックとして暮らして行けそうだと思う。
そんな気はさらさら無いのだが。
くわえ煙草で料理を作る三蔵の後ろで、悟空は食器を並べていた。

料理は悟空も作る。
が、三蔵ほどの腕がない上に、要領も悪い。
味は良いのだが、見てくれがいまいちよくない。
掃除やモノの後片付けは結構器用にこなすくせに、こと料理に関しては食べる人が向いているらしい。

三蔵は万事何でも器用にこなす。
料理もコックはだしで、家事も器用にこなす。
以外に几帳面で、真面目だったりして、普段の不遜な態度からは想像も出来ない。

お互いに補い合って、協力してこの生活は成り立っていた。

「出来たぞ」

最後の料理を食卓に置き、三蔵は悟空を呼んだ。

「美味そう」

嬉しそうに顔を綻ばせ、悟空が食卓に着く。
三蔵も晩酌のビールを何本か持って、食卓に着くと、本日二度目の食事が始まった。




食事が済んで、片付けて、それぞれが風呂に入って。
ごく普通の家庭で行われる団らんな時間は、好き勝手なことをお互いにして。
日付が変わる少し前、広いキングサイズのベットに蹲る人影。

穏やかに時間は流れ、次の仕事までのインターバル。
明日からまた、殺伐とした毎日が、爪を研いで待っている。
綺麗な血まみれの天使が二人。




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