大地との闘い (2004.10.24/寺院時代)
山は秋の彩りを纏い、空気が澄み渡っていた。
秋は悟空の邪気が浄化される季節。
悟空の中に蟠り、澱み、暗い影を落とす人の世界の汚れを大地が浄化させる季節。
大地へ戻すための禊ぎ。

悟空は大地が産んだ愛し子。
汚れなく、透明な存在。
獰猛で容赦のない本性をもった誰にも汚されない唯一無二の存在。

だが、悟空は三蔵の宝。
三蔵が見つけて連れ出した天界の罪人。
今更還せと言われても、悟空が辛い時に手を差し伸べなかったのだから、還さない。
あの笑顔を曇らせることはさせない。

「還さねえって何度言や諦める」

くわえていた煙草を足許に投げ、踏み消して。

「最初に手を離したのはお前達だ」

ざわっと、山が動いた。

「今更優しい顔をしても遅ぇんだよ」

風が三蔵の法衣を掴む。

「触るな!」

怒気を孕んだ声に森がざわりと揺れる。
払いのけられた風が三蔵の周囲で回る。

「あいつは俺のなんだよ」

紫暗の瞳に剣呑な光が宿る。

「返せ」

低く、地を這う声音に山も森も風さえもが、一瞬怯えた。

「悟空を返せ」

ゆらりと三蔵の気が立ち上がった。
滅多に見せない三蔵の法力のオーラが、その全身から揺らぎ立つ。

「返せ」

ざわり、ざわりと山が揺れ、木々がざわめき、風が三蔵の怒りの深さに空へ逃げた。
と、ふわりと淡い光に包まれた悟空が三蔵の目の前に現れた。

「悟空」

手を差し出せばその中へそっと横たわる。
見下ろす容は静かに、深い眠りに沈んでいた。
三蔵はその寝顔に唇で触れ、安堵のため息を吐いた。
そして、

「二度はないと思え」

高く、澄んだ音が響き、山は静かになった。
三蔵は踵を返し、帰途を辿る。

「お前も取り込まれてるんじゃねぇ」

腕の中の悟空に顔を眇めて見せ、三蔵は口元を綻ばせた。




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