分身の術 (2004.12.28/旅の途中) |
「さて、ここで問題です」 にこやかに笑って、八戒が三蔵、悟浄、悟空の顔を見渡した。 「何が問題なんだ?」 お菓子を頬ばりながら悟空がきょとんとした顔で八戒を見返す。 「悟空」 八戒に名前を呼ばれた悟空が素直に返事をする。 「悟空は孫悟空ですよね」 確認するような八戒の言葉に悟空は怪訝な顔で頷く。 「じゃあ、分身の術が使えますよね」 にっこりと笑顔を返し、一冊の本を悟空に示した。 「この本”西遊記”に出てくる孫悟空なんですけど、彼、分身の術が使えるんですよ。こう…自分の体毛をですね、抜いて、息をふっと吹きかけるとたくさんの小さな分身が生まれるんですよ」 ここまで来ると八戒が何を言いたいのか、鈍い悟空でも気が付く。 「は、八戒?」 八戒の真剣な、それでいて何処か陶酔したような顔に悟空は怯えた視線を返し、すぐに自分の保護者足る三蔵へ助けを求める視線を投げる。 「む、無理…だってぇ…」 わたわたと席を立ち、寝台に腰掛けて新聞を読んでいる三蔵の背後に悟空は逃げ込んだ。 「これを可愛い悟空がすれば、小さくて可愛い悟空がたくさん生まれるんですよ。見てみたいと思いませんか?」 見たいですよね、という無言の圧力をかけて三蔵と悟浄の顔をにこやかに八戒が見つめる。 「さあ、悟空」 して見せろと、笑顔で圧力をかけてくる八戒にすっかり怯えて、悟空は三蔵の背中に縋りついて動こうとはしなかった。 「悟空」 にこやかに首元にナイフを突きつけて笑うような、微かな殺意を含んだ八戒の声音に悟空の瞳が潤みだした。 「…さんぞ……」 今にも泣き出しそうな声で三蔵を呼べば、三蔵が頭を抱えるようにして息を吐いた。 「八戒…”西遊記”の孫悟空は正真正銘の石猿だ。が、コイツは猿といってもちゃんとした人間だ。忍者でもねえ悟空にそんなまねが出来るか。何より体毛なんぞ引き抜けねえだろうが」 三蔵の言葉に背中の法衣を掴む悟空の手に力が入る。 「あらら…残念」 諦めてくれたのかと、悟空が涙の堪った瞳で三蔵の背中越しに八戒の様子を窺えば、 「じゃあ、修行しましょう。で、出来るようになりましょうね、悟空」 しっかりと悟空の視線を捉え、八戒はそれは綺麗で楽しそうな笑顔で頷いたのだった。
それから暫く、悟空は八戒から逃げ回ったとか。
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