紫陽花 (2005.7.27/寺院時代)
ずいぶんと長い間降り止まなかった雨がようやく止んだ。
どんよりとした重たい雲が切れ、夏の色を纏った陽差しが差し込んでくる。
会議の間の窓から見える色とりどり、種類様々な紫陽花の花が雨露をふんだんに含んで、薄日の中で重そうな花を支えていた。
三蔵は会議を途中で抜けだし、ふらりと、衣が濡れるのもかまわず、その花達の中へ踏み入れた。
と、その刺激で雨の匂いが立ち登る。
三蔵は紫暗を僅かに眇めて、目の前の紫陽花の花に触れた。
指先が触れると、紫陽花は小さく花弁を揺らし、雨露をはらりと零した。
三蔵はその様子を何処か遠い瞳で見つめていた。
僅かの時間か、長い時間か、ふと我に返ったように三蔵は何度かまばたき、小さくため息を吐いた。
そして、ゆっくりと世話をするために設けられた細い道を辿って歩き出した。






悟空は雨が止んだのが嬉しくて、そして雨が降り続く中、それは綺麗に咲いていた紫陽花を想いだし、三蔵にも見せたいと想った。
忙しい三蔵のために一輪、紫陽花を摘む許可を笙玄から貰っていそいそと紫陽花苑に向かっていた。






紫陽花苑に近づくと三蔵の気配を見つけた悟空は足を速めた。
そして、苑の中に三蔵の姿を見つけた悟空は、その入り口で立ち止まってしまった。
ゆるゆると紫陽花の中を歩く三蔵と紫陽花の花の姿の美しさに身動きができなくなったから。

雲間から差す薄日が白い肌に薄い陰影を付ける。
僅かに伏せた紫暗。
時折、微かに吹く風が柔らかく光る金糸に触れる。
たわわに咲いた紫陽花の花の中を辿る三蔵の凛として、それでいてどこか儚げな姿。

犯し難い光景に思えて。
しかし、そんな三蔵の姿が花精の儚い姿と重なり、今にも紫陽花の彩りの中に掻き消えてしまいそうで。

悟空は思わず名前を呼んだ。

今にも泣き出しそうな声で。
置いていかないでと、縋る声で。
獲らないでと、願う声で。

その声に振り返った金糸の先で雨の名残が一滴散った。




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