困った… (2005.9.18/寺院時代)
珍しく順調に仕事が片づいて宵の口に寝所へ戻ってみれば、足許に転がるベイリーズの酒瓶と酔っぱらった小猿。
以前、どっかの寺院へ説法に出向いた時、信者からの寄進だと貰った中に紛れていたクリームリキュールだ。
カクテルなどに使う甘い酒で、好みではないからと確か、寝所の物入れに放り込んでおいたはず。
それが何でここに転がっていやがる?
目線を上げれば物入れの扉が開いて、中身が散乱しているのに気が付いた。
さては、悟空が何か捜すのに引き散らかしたらしい。
で、このベイリーズを見つけて…飲んじまったらしい。
迂闊な所に入れておいた俺も悪いが、何で勝手に飲む?



信じらんねぇ…。



悟空には何でも勝手に口するなとあれほど言い含め、約束させたはずなのに。
躾のし直しだ。
そう思って、床に転がっている悟空をまたいだ。
法衣の裾が触れたのか、もぞりと悟空が動き、眠そうな顔を上げた。
そして、俺に気が付くと、とろんと潤んだ瞳を綻ばせてろれつの怪しくなった口調で、

「おかえりぃ…」

と、両手を差し出してきた。
その様子を動かずに見下ろしていると、悟空の金眼に水の固まりが盛り上がった。

「さんぞ─抱っこぉ…してぇ…」

答えない俺に焦れて泣きだしたのだ。



こいつは、泣き上戸か?



まるで幼児のように泣きながら俺に抱っこをせがむ姿に呆れたと言うより、俺は途方に暮れた気分を味わう。
どうしたものかと、手を出しかねてると突然泣きやみ、悟空はふらふらと立ち上がった。

「悟空…?」

どうするのかと、名前を呼べば、にへらっと、涙で濡れた顔を崩し、俺にしなだれかかってきた。
明らかに泥酔状態の悟空の身体は軟体動のように俺の腕の中に落ちてくる。

「お、おい…」

声をかければ、

「さんぞ─好きぃ…」

と、無邪気に笑う。

「…悟空」

ため息混じりに名を呼べば、今度は首にかじりつき、酒臭い吐息を零しながら俺の瞳を覗き込んでくる。
何をするのかと思えば、熱っぽい快楽に染まったような視線を投げてよこし、

「…さぁんぞ…シて?」

などとほざき、ぺろりと俺の唇を舐めた。
普段なら絶対にしない悟空の行動に、熱を煽られる前にあっけにとられてしまった。



この酔っぱらい猿、どうしてくれよう…



「この…」

言いかけた俺の声は急に増した重みに途切れてしまった。
見れば、すうすうと気持ちよさそうに悟空は眠ってしまっていた。
重量の増した悟空の身体を抱えたまま、俺は床に座った。
改めて部屋を見渡してその惨状に目眩を覚えた。

「てめぇ、一体この惨状を誰が片付けるんだよ。笙玄に見つかって嫌みを言われるのは俺だぞ?てめぇわかって…」
「…ん…さんぞ、好きぃ…」

すりすりと俺の胸元に頬をすり寄せて、幸せそうに笑う姿にもう笑うしかない。
俺もつくづく甘いと思った。
目が覚めたら覚えてろよ、悟空。




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