夜のお誘い (2005.10.13/外伝)
「なあ、金蝉…俺とシて?」

一日の終わり、夜の帷の中、養い子が投げかけた問いかけに、金蝉は柄にもなく狼狽えた。
養い子にいらぬ知恵を付けたのが、煮ても焼いても食えない何処ぞの元帥閣下だと、簡単に理解はしたのだけれど。
どうしてくれようか、などと悠長に考えてる暇を目の前、寝台に腰掛け、期待にその金眼を輝かせた子供が与えてくれるはずもなく。
金蝉はがっくりと肩を落とした。
しかし、ここで負けては保護者としての権威を失うと、金蝉は目の前の稚い子供に立ち向かった。

「…何で、そんなことがしたいんだ?」

と、理由を問えば、可愛らしく小首を傾げて子供は金蝉の顔を見返した。

「うんと…天ちゃんがぁ、金蝉にシてもらうと気持ちいいですよ〜って、言ったから」

にこっと、無邪気に笑って子供は答えた。
そのあまりに予想通りの答えに、一瞬、視界がブラックアウトする。
が、ここで負けては保護者の沽券に関わるのだ。

「俺にお前は何をさせたいって?」

決まっている答えを予測しながら金蝉は気力を振り絞って子供に問う。

「経験があるなら、俺にもシて欲しいの」

ちょこんといつの間にやら金蝉の膝の上に座った子供が嬉しそうに答えた。

「……悟空…」
「ダメ?」

呆れ返った金蝉の様子に悟空はしゅんと項垂れてしまう。
その様子は非常に見る者の庇護欲をそそるのだが、ここで「はい、そうですか」と、折れるわけにもいかず、金蝉は途方に暮れた。

「俺じゃぁ…ダメ?」
「いや…ダメじゃ、ないが…」
「だったら、いいじゃんかぁ」
「…いや…その…」

煮え切らない返事しか返せない。
常識で考えなくても出来ない。
いや、してはならないのだ。

そして、改めなくても子供だ。
それも養い子だ。

いや、その前に犯罪だろう。
じゃなくて、親子なのに出来るわけがない。

しかし、ここで何もリアクションを起こさなければ、それはそれでこの子供の機嫌を損ねることは必至なわけで。

だんだん思考が混乱してきた金蝉は悟空を膝から下ろすと背を向けて寝台に寝ころんでしまった。
それを子供は拒絶と受け取ったのか、しばらくすると鼻を啜る音がした。
どうも泣かせてしまったらしい。
金蝉は深いため息をつくと、子供の方へ向き直った。
そして、軽く引っ張ると子供の身体は素直に金蝉の腕の中に収まる。
腕の中でぎゅっと、金蝉の夜着を握る子供の背中を宥めるようにしばらく撫で、金蝉は口を開いた。

「あのな、お前が言うようなことは、もっと大人になってから経験すればいいんだよ。今は、たくさん遊んで、たくさん食べて、寝て、笑っていればいい時期なんだよ」
「でも…」
「だから…」

金蝉の言葉に納得できないと顔を上げた子供の頬に柔らかいものが触れた。
その感触に子供の目が見開かれる。

「だから、今はこれで我慢しておけ」

もう一度、今度は反対の頬に柔らかな口付けが触れた。
途端、子供の顔が笑み崩れ、

「金蝉、大好き」

と、甘えた声が返った。




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