金の天使 (2005.10.16/parallel)
ふわりと風が動いた。
読んでいた本から顔を上げて、金蝉は小さく笑った。
そして、長椅子から立ち上がると、庭に面した開け放った窓辺に立って空を見上げた。
薄雲のかかる蒼天の彼方、柔らかな陽ざしを浴びて小さな影が見えた。
その影を見つけて、金蝉の菫色の瞳が細められる。
次第に近づいてくる影に、金蝉の口元がゆっくりと綻んだ。

数日前から姿を見せなくなった金色の宝石をもつ小さな天使。
まだ使い走り程度しか出来ない生まれたばかりの小さな見習い天使。

やんちゃなくせに泣き虫で、寂しがり屋な金蝉の初めての生徒。

「神様にお使いを頼まれたんだ」

嬉しそうに笑って、元気良く飛び出して行った。
あれから数日、忙しいのか姿を見せなくなった。

たった、数日。
あの表情豊かな金瞳を見ないだけで、時に甘くなる可愛い声を聞かないだけで、こうも胸にぽっかりと穴が空いたような淋しさを感じるなんて予想だにしなかった。
居たら居たで煩いとつい邪険に扱ってしまうくせにだ。



大概だな…俺も…



金蝉は自嘲な笑みを零したのはつい、昨日の昼下がり。




出逢ったのは偶然で。
神に呼ばれた宮殿の片隅で迷子になった心細さに泣いていたのだ。
その姿があまりにも儚げだったからか、その声が哀しみに満ちていたからかは金蝉にも分からない。
ただ、声を掛けた金蝉を見上げてきた濡れた黄金の瞳が本当に美しく澄んでいたのだ。

本当に、ただそれだけだったのだ。

その後、勝手な神の陰謀か気まぐれか、天使の教育係を押しつけられて。
連れてこられたのが泣いていたあの天使だった。

「悟空です。よろしくお願いします」

そう言って、癖毛の大地色の頭を下げた。
緊張と興奮でまろい頬をバラ色に染めて、期待と嬉しさに金瞳を輝かせていた。

最初の緊張は何処へやら。
あっという間に金蝉に懐き、零れ落ちそうな瞳にいつも笑顔を浮かべて、教えること全てに興味を抱く好奇心旺盛な天使というより地上の小猿のような愛らしい生き物。

いつの間にか金蝉の心に住み着いた金色の小さな宝石。



一体、何処で何をしていたのやら…



金蝉はふわりと目の前に舞い降りてくる小さな天使に両腕を差し出した。

「お帰り、悟空…」
「金蝉、ただいま」

金蝉の腕の中に降りたった金の天使が笑った。




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