初 詣 (2006.1.2/寺院時代)
「なあ、たくさん人が来てるよ?」

大扉からすぐ近くの高楼に登った悟空が傍らの三蔵を見上げた。

「ああ、あれは初詣に来てるんだ」
「はつもーで?何?」
「年の初めに神に一年の幸せを願うんだ」
「…お願いするの?」
「ああ…」
「そしたら幸せになるの?」
「さあな…」

三蔵のどうでもよさそうな答えに悟空はくしゃっと顔を歪めた。
その様子に三蔵の瞳が僅かに見開かれる。

「何で?何で三蔵はどうでもいいのさ」
「あ?」

怒ったような半ば拗ねたような声音と表情で三蔵を見上げてくる悟空の意図が見えなくて、三蔵の眉間に皺が寄る。

「だって…だってさ、さんぞ、いっつも神さまにお経上げて祈ってるのに…幸せじゃないの変だ…もん」
「変だもん…って」

今にも泣きそうな声で訴える悟空の気持ちに三蔵の口元が微かに綻んだ。
この子供は三蔵が毎日祈っているのに、三蔵が幸せになっていないというのだ。

そんなはずはない。

この目の前で人の為に怒り、今にも泣きそうになっているこの子供のお陰でどれほど毎日が楽しいか。
どれほど満ち足りた日々か。
日々、子供から与えられる無意識の全身全霊をかけた信頼と好意が、どれほど三蔵の心を癒しているか。

存在全てが愛しいのだ。

これを幸せと言わずして何と言うのだ。
これは神が三蔵に与えたものではない。
三蔵が自分の手で掴んだものだ。

三蔵は聖職者でありながら神を信じてなどいない。
その存在と話をしようと。
その存在と現実に向き合おうとも。

何より、幸せは己にしか解らないものだ。
幸せと思うその瞬間は千差万別。
百人いれば百通りの幸せがあるのだから。

だが、目の前で今にも泣きそうに顔を歪めている子供にとっては、己の幸せより、三蔵の幸せの方が大事なようで。
三蔵は仕方ないと、小さくため息を吐くと、悟空の耳元に口を寄せ、何事か囁いた。
すると、今にも泣きそうに歪んでいた悟空の表情がきょとんとしたかと思う間もなく、輝くような笑顔を浮かべた。

「ホント?」
「ああ…」
「…そっかぁ…よかった」

嬉しそうに何度も「よかった」と悟空は呟いた。
そして、三蔵の法衣の袂を引っ張って三蔵をかがませると、三蔵がしたように三蔵の耳元に唇を寄せ、同じように何事か囁いた。
その言葉に三蔵の紫暗がそれは柔らかく綻んだのだった。

初春の日だまり─────




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