手のひらに… (2006.2.9〜2.12/寺院時代・illusted by みつまめ様)
降り積もる純白の欠片。
重たかった曇天の冬空から舞い落ちる。

冷たい浄化の花びら。
辿る道を消して、辿ってきた道を消す。

世界を白く染めてゆく無言の絹。




降り出した雪に帰る足を止めて、三蔵は何かに呼ばれたように空を見上げた。
灰色の重く垂れ込めた雲間からはらはらと雪が舞い落ちてくる。
そっと手を差し出せば、音もなく手のひらに降り積もる。
僅かな手の温もりにじわりと溶けた雪片の僅かな水に零れた涙を思い出した。

犯した罪と同じ代価の罰。

命を取られてもそれは当然で。
ただ、事切れた骸に縋りついて泣いていた幼子の姿が己の養い子に重なって見えた。

最高僧と呼ばれ、現人神のごとく言われても所詮は世間知らずの若造で。
生き残るためにこの手を血に染めてきた。
今もこれからも変わることはない。
ならば末路はあの妖怪と変わらない。

知っている、自覚もある。

だが、あの無条件の信頼を向けてくる養い子を己の血塗られた道に巻き込むことは出来ない。
何処かで手を離さなければ。
けれど、あの無垢な子供を手放せない自分がいる。

贖罪のつもりではないけれど。
禊ぎのつもりでもないけれど。

あの笑顔が汚れた我が身の救いであるはずで。
天から舞い落ちる純白の欠片のように、血塗れた汚れが剥がれ落ちれば…。
三蔵はほうっと長い吐息を零し、また、歩き始めた。




雪降り積もり、舞い落ちる。
金糸に肩に。
真白き心に。
雪降り積もり、汚れ無き魂は血に染まず。








しんしんと降る雪の中を三蔵が帰ってきた。
扉を開けるのももどかしくて、待ちきれなくて。
「おかえり」って、抱きついた三蔵の法衣から雪の冷たい匂いがした。
いつもならハリセンのひとつも落ちてくるのに、今日はハリセンも三蔵の不機嫌な声も落ちてこない。
どうしたのかと見上げた三蔵の紫暗が哀しげな色に染まって見えた。
「どうしたの?」って訊いても何も答えはなくて、代わりに微かに三蔵の瞳が揺れた。

「外、雪が降ってたんだろ?」

身体を離して見上げて。
湿った法衣を握って。
三蔵を見上げる俺の頬に、三蔵は触れようと手を伸ばしてきた。
でも、戸惑うようで。
俺の頬に触れるか触れないかの位置で止まった三蔵の手は赤くなっていた。

「そんなに冷たかった?」

そっと目の前の三蔵の手を取ったら、三蔵の肩が小さく震えた。

「ほら、俺暖かいよ?」

両手で握って頬に当てた三蔵の手は冷え切って氷のようだった。

「冷たい…でも、こうしてたらすぐ暖かくなるからな」

そう言って笑ったら、三蔵の瞳がちょっとびっくりしたように見開かれた。
きっとかじかんでる三蔵手に自分の頬を擦りつけるようにして暖めていたら不意に抱きしめられた。

「さんぞ…?」

俺の問いかけに何も答えないまま、三蔵はずいぶん長い間、俺を抱きしめていた。
鼻先に触れる三蔵の法衣はやっぱり冬の匂いがした。

ねえ三蔵、俺の温もりあげるから大丈夫だよ。






子供の触れた所からじわりと染み込んでくる熱に凍った何かが溶け出す。

柔らかな頬に触れた掌に残る温もり。
華奢身体を抱きしめた腕に残る暖かさ。

雪の何もかもを覆い尽くすような重い白さではなく、汚れたものも綺麗なものも斉しく包み込む陽差しのような白さに、穏やかに解け出してゆく己の矮小な罪の意識。

凍てつく大地を割って芽吹く春の階のように力強く。
真っ直ぐに注がれる金色の希望(ひかり)。
救われているのはやはり己で。

この純粋で綺麗な魂に恥じないように、無垢な心を汚さないように、傍らで生きて行けるなら、何を惜しむだろうか。

すやすやと眠る養い子のまだ稚い寝顔に、三蔵は仄かな笑みを浮かべたのだった。




しんしんと降り積もる雪のように、幾重にも重ねて。
この想いが子供を健やかに守ることを。




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