七 夕−江流− (2006.7.9/寺院時代)
目の前に差し出された綺麗な色の短冊数枚と筆。
何事かと読んでいた本から顔を上げた江流は、嬉しそうに頬笑む光明三蔵の笑顔と出逢った。

「お師匠様?」

訳がわからないときょとんと表情を無くす江流に、光明は何も言わず短冊と筆を受け取るように促す。

「あの…」

どうしたものかと、戸惑う江流の手に短冊と筆を握らせ、光明は本当に楽しそうに告げた。

「江流、明日は七夕です」
「…はい」
「一年に一度、織り姫と彦星が逢瀬を叶える日です」
「……はい」
「そして、星に願いをかける日でもあります」
「………はい」
「では、お前の願いをその短冊に書いて、あの笹に飾りなさい」
「はい?」

光明の言葉に江流はその綺麗な紫暗を見開いて、にこにこと期待に満ちた笑顔を向けてくる光明の顔を見返した。
その態度に、光明は微かに眉を潜ませ、

「江流、お前まさか、何も願い事がないなんて言いませんよね」

そう言って、江流の顔を覗き込んできた。
それに江流はぱっと、顔を赤らめ、思わず首を横に振った。

「そう、そうですよね。さ、江流、私が見ていますので、ここでささっと書いてしまいなさい」

と、膝まで乗り出してくる。
その勢いに江流は思わず後退り、困ったようにその形の良い眉を寄せた。

「江流?」

江流の困った顔付きに光明が気付いた時、江流はぱっと立ち上がった。

「あ、あの…む、む、向こうで…あ、あの…書いて、書いて…か、飾っておきますから、そ、それからお師匠様…あの、あの…見てください」

頭から今にも湯気が出そうなほど、顔を真っ赤にして江流はそう言うと、脱兎の如く部屋から駆け出して行った。
その後ろ姿を半ばあっけにとられた様子で見送った光明ではあったが、すぐに笑いが止まらなくなってしまった。

「な、なんて可愛い…」

不器用で恥ずかしがり屋で、意地っ張りな養い子の願いをその後、笹飾りの中に見つけた光明は、その願いが叶うことを心から祈ったのだった。




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