重陽の節句(2) (2006.9.9/寺院時代)
朝から雨が降っていた。
今日は「重陽の節句」とかっていうちょっとおめでたい日。
三蔵は朝から寺院恒例の行事と茶会に引っ張り出されて行った。

すごく面倒臭そうな顔で、怠そうな態度で、笙玄に引っ張られ、背中を押されて出ていった。
綺麗な銀色と黄色と緑の菊唐草の模様が織り込まれた衣と濃い緑の大きな七条袈裟をつけて。
雨で暗い部屋が三蔵の居る所だけ光が当たってるみたいに見えた。

「きれー」

思わず漏れた言葉に、三蔵は苦虫をこれでもかと噛みつぶした顔をした。
見とれる俺の頭を乱暴に撫でて、三蔵は笙玄と出掛けていった。




夕方、行事が終わっても三蔵が戻って来ないから、俺は探しに出掛けた。
だって、笙玄が困ったような、泣きそうな顔してたから。
雨はまだ、降っていた。

「悟空…三蔵様に無理を、ご無理をさせてしまったようで…」
「大丈夫だよ。仕事だからって三蔵だってわかってるから」
「でも…」

三蔵が行事が終わるなり何処かへ姿を隠してしまったのは、自分が嫌がっていた三蔵を無理矢理行事へ引っ張り出したからだって、責任を感じてる。
笙玄が悪いんじゃないのに。

「じゃあさ、三蔵の好きなもの用意して待ってて」
「悟空…?」
「ちゃんと連れて帰ってくるからさ」

「ねっ」って、笙玄に頷けば、笙玄は少し安心したように頷き返してくれた。
だから、何としてでも部屋へ連れて帰らなきゃいけない。
俺は、雨で気持ちの重くなった三蔵を探して走った。

回廊を廻った所で俺は、そのまま動けなくなってしまった。
目の前に広がるのは無数の鉢が並べられた菊の庭。
確か、今日行事が行われた場所だ。
その菊の、雨に濡れそぼる菊の花畑に三蔵が居た。

雨に濡れてひっそりと佇む姿は、普段からは考えられない程儚げだった。
でもそれ以上に、雨に打たれる姿は綺麗で、いつまでも見ていたいと思った。



どれほどそうやって三蔵を見ていただろう。
ふと、三蔵が何か気配を感じたのか、顔を上げた。
そして、俺の方を向いた。
その瞬間、微かに三蔵が笑った。
笑ったと言うより、頬笑んだというか、微かに口元を綻ばせただけだったんだけど、俺の背中を悪寒が走りぬけた。

「三蔵!」

俺は思わず三蔵の名前を叫んでいた。
俺の大きな声に三蔵の顔が驚きに変わるのを見ながら、俺は三蔵の元へ走った。
そして、

「三蔵!」

その躯に抱きついた。
俺の突然の行動に、三蔵はいつものハリセンを出すことさえ忘れて、ただ突然駆け寄って抱きついた俺を不思議そうな顔で見下ろしていた。

「…おい?」

力一杯三蔵に抱きつく俺の様子に、ようやく三蔵は可笑しいことに気付いたのか、何度か俺の背中を宥めるように叩いた。
そして、ため息混じりに言った。

「どこにも行かねえよ、サル」

そう言われて、俺は顔を上げた。
そうしたら、俺を見下ろす穏やかな紫暗の瞳と出逢った。

「どこにも行かねえ…行かねえよ…」
「……さ、ん…ぞ?」
「お前を置いてどこにも行きやしねえよ。こんな煩いサル」

そう言って、小さく笑った。

「ひでぇ…」
「いいんだよ」
「変なの」

俺も小さく笑った。
そして、

「笙玄が泣きそうな程、心配してるからもどろ?」
「……そうだな…」

疲れたように頷いた。
俺は三蔵から離れ、そっと三蔵の手を握った。
いつも冷たい手は雨の所為で益々冷たくなっていた。

「ずぶ濡れだよ?」
「お前もな」
「怒られるよな、きっと…」
「だろうな」
「ま、いっか」
「いいさ」

振り払われないことをいいことに、俺は三蔵の手を握る手に少し力を込めて引っ張った。
すると、小さな吐息と一緒に三蔵は歩き出した。
並んで歩き出した俺達を菊の花が、笑って見送ってくれた。




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