金木犀 (2006.10.9/寺院時代) |
今日も三蔵の帰りは遅い。 秋は色々と行事がたくさんあって三蔵法師様は大変忙しい。 放っておかれるわけではないが、悟空は忙しさにバタバタと動き回る笙玄の姿や書類に埋もれたり、会議だ何だと狩り出される三蔵の姿をつまらなそうに今日も一日見ていた。
夕食もそこそこに仕事に戻っていった二人を送り出し、悟空は大きく躯を伸ばした。 「ちょっと…だけな」 そう呟いて、悟空は外へ出た。 「…すっげぇ…」 目眩を起こしそうなその甘い匂いに、悟空は薄く笑った。 「そんなに呼んでも還らないって…諦めが悪いよ?」 くすくすと喉を鳴らしながら笑って、悟空はするりと夜闇の中へ駆け出して行った。
三蔵は動かしていた手を止めて、窓の外を窺うように紫暗を顰めた。 「三蔵…様?」 問えば、 「いい…サルが遊びに出掛けただけだ」 そう言って、また、書類に没頭していく。 「いいのですか?」 出来上がった書類を受け取りながら、また問えば、 「ああ…今夜は、な」 そう言って、煩そうに手を振ると、心配げな笙玄を下がらせた。 秋は大地が喧しくなる。 あと少し。 忙しさが一段落付いたらしばらくは気の抜けない時期になる。 「毎年、毎年…いい加減に諦めやがれ…」 大きく息を吐き、三蔵は目の前の懸案に向かった。
日付が変わった頃、寝所に戻れば、部屋を覆い尽くすむせ返るような甘い匂いに、三蔵の眉間の皺が深くなった。 「……加減ってものがないのか?どいつもこいつも…」 あるだけのバケツに入れられた無数の金木犀のたわわに花の付いた枝、枝、枝。 「本当に加減がない…」 何度も首を振って、寝所の居間の金木犀の枝をまたいで、着替えようと寝室の扉を開けた三蔵は、そこに眠る大地の愛し子の姿にまた、ため息を吐いた。 「どこにもやらねえよ…」 三蔵は小さく笑い、そっとその頬に口づけた。 もうすぐ攻防の季節が始まる…。
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