新年法要 (2007.1.13/寺院時代) |
純白の衣は銀糸で青海波の模様を織り込み、九条袈裟は金糸の地に四君子の模様を浮き上がらせていた。 朝日に金糸を閃かせ、頭に頂いた金冠が陽を弾く。 静かな表情を浮かべた容は、透き通るような肌の白さと薄紅を掃いたような頬の仄かな赤さが、凍てついた空気に花を添えて。 影を落とす睫毛の下、紫暗の瞳は晴れ渡った朝焼けのように澄んで、何の表情を映すことなく、冴えた水面のようだった。 大晦日から新年にかけて、年越しの法要を行った三蔵は、初日の出を前に奥の院の霊廟で経を上げた。 滅多に公の場に姿を見せない三蔵の数少ないお目見えとあって、寺院は朝から恐ろしい程の人出を迎えていた。 「すっげぇ…」 黒山の人だかりに悟空はその金瞳を見開く。 「何?可笑しい?」 鳩の鳴き声に、悟空が小首を傾げると、鳩がクルクルとまた、喉を鳴らした。 「毎年のことだって言うんだ」 鳩の言葉に悟空は唇を軽く突き出す。 「え…?」 鳩に促されるように本堂の入り口を見れば、本堂の扉が開いて、三蔵が丁度姿を見せた所だった。 「うっわぁ…」 遠目でもわかるその煌めきと美しさに悟空は瞳を輝かせ、それは嬉しそうに笑った。 「今日は笙玄が何か、やたら気合を入れて三蔵を飾ってたから本当に綺麗だぁ…うん、綺麗だ」 そう言って、また笑った。
三蔵は躯を打つような歓声に、一瞬、逃げ出してやろうかと傍らの笙玄を盗み見たが、周囲を囲む僧正や僧侶の数に思い至り、上目遣いに晴れた空を見上げてため息を漏らした。 あらかじめ決められた立ち位置に立って、さっさとこのくだらない行事を終わらせようと口を開きかけた三蔵は斜向かいの僧庵の屋根に悟空の姿を見つけて、軽く瞳を見開いた。 寺院の行事のある日は部屋でじっとしていろと、厳命してあったはずだ。 「どうかなさいました?」 訊かれて、 「向こうの屋根の上にサルがいやがる」 答えれば、笙玄が悟空のいる方へ顔を向ける。 「周囲にわからないように見張ってろ。サルが屋根を降りたら後を追え。いいな」 そう言って三蔵は改めて観衆に向き直り、説法を始めた。
三蔵を見つめていた悟空は、三蔵が笙玄を呼んだ様子に、自分がここにいることが見つかったと知った。 やがて説法が終わり、三蔵が本堂から退出するのを見届けて、悟空はそっと屋根づたいに寝所の庭に降り立った。 「…やばいなあ…」 小さく呟いて振り返った途端、盛大に乾いた音が辺りに響き渡った。 「こんのアホウ!新年早々、何してやがる!」 怒鳴り声と共にもう一度、乾いた小気味のいい音がひとしきり響き渡った。 「…ってぇ…ってばぁ…」 涙目になって頭を押さえ、悟空が上目遣いに三蔵を見上げた。 「ったりめぇだ。言うことをきかないてめぇが悪い」 ハリセンを肩に担いだ三蔵に言い切られて、悟空の頬が不満げに膨れた。 「いいじゃんかぁ…俺だって綺麗な三蔵を見たいんだからぁ…」 悟空の言葉に三蔵の瞳が見開かれ、すぐに大きなため息が聞こえた。 「あのな…何が綺麗だ…こんな格好してれば誰でも綺麗に見えるんだよ。それを…湧いてるぞ、お前」 心底呆れたと言わんばかりの口調で三蔵はそう言って、悟空の頭をハリセンで軽く叩いた。 「そんなことない!三蔵はいつもの格好でも綺麗だから、今日みたいに綺麗にしたらもっと綺麗だから、だから俺、俺…もっと見たくて我慢できなかったのに…」 反論する声がだんだんと萎んで、悟空は俯いてしまった。 「物好きな奴…」 と、呟いたのだった。
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