おでかけ前夜 (2007.2.20/寺院時代・illusted by みつまめ様)
「おでかけ、おでかけ、お・で・か・けぇ」

サルが妙なフシをつけて歌っている声が風呂場から聞こ  えてくる。
その声に笙玄がさっきからくすくすと、笑ってやがる。

ずっと節分から今日の春節まで忙しかったからしかたな  いのかもしれないが。
たかが街へ買い物に出掛けるだけで、何がそんなに嬉  しいんだか。
そんな気持ちが表に出ていたのか、笙玄が呆れた顔で  俺を見た。

「ずっと、我慢して大人しくしていたんです。淋しいって顔  に書いてあっても、平気だって笑って。だからこそ嬉しい  んですよ」

そう言って、湯呑みに茶を注いで、笙玄は俺を軽く睨んだ。
そして、

「あ、今、梅林の梅が六分咲きですが、とても綺麗ですのでお帰りに悟空とお寄りなってきては如何ですか?」

と、言う。

「梅林?」
「はい、寺院の南の街道沿いのところです」

言われて初めて、そんな所があったのだと知る。

「そうか」
「はい」

  俺の答えに笙玄は嬉しそうに頷いて、一通りの片づけ
   が終わったのだろう、戸口に立って就寝の挨拶をし
   た。

  「お休みなさいませ」

  そう言って頭を下げ、扉を出掛けたその背中に、

  「弁当…頼む」

  と、声をかければ、それは嬉しそうな返事が返った来た
  のだった。




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