重陽の節句(3) (2008.9.9/parallel・from 面食い吸血鬼)
菊のむせ返る庭先に三蔵は、所在なげに佇んでいた。
時刻は日付が変わってそれほどの時間は経っていない。
中天に昇った月は、あと何日かで満月を迎える。
静かな夜。

利休鼠の地色に萩の絵が描かれた単衣の着物を無造作に羽織って、夜風に吹かれていた。
月光に光る金糸は柔らかな色を放ち、仄かに酒気を帯びて桜色に染まった頬がどこか艶めかしさを醸し出して。
手に持った硝子の徳利に透けるのは菊の花。
それをまるで水でも飲むように、時折煽って、三蔵はぼんやりと夜空を見上げていた。

「ここにいたんだ…」

ざわりと、静かな空気が動いた。
かけられた声に返事をすることなく三蔵は振り返ると、そこに佇む少年に手に持っていた徳利を投げた。

「…っと」

軽く受け止め、少年は徳利の口を鼻先に翳して、くんっと鼻を鳴らした。

「酒?」

ちょっと口を付けて、そのキツさに顔を顰める。

「キッつ…」
「菊花酒だと…」
「へっ?!」

三蔵の言葉に少年が瞳を見開いた。

「菊花…酒…?」
「ああ…今夜だけ飲む酒だよ」

そう言って、三蔵は仄かな笑みを浮かべた。

「今夜だけ?」

三蔵の言うことが理解できないと、少年が首を傾げれば、

「そう…だな。知らねえで当たり前か…」

独り言のように呟いて、三蔵は小さくため息を吐いた。

「何だよ?」

三蔵の独り言はしっかりと少年に聞こえていたらしく、むっとした顔で三蔵を見つめてくる。
その表情に悪戯を思いついた子供のような笑顔を浮かべ、

「人間の節句だよ」

そう言って、今度こそ楽しそうに笑った。




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