鏡開き (2009.1.31/寺院時代)
今日は朝から寺院の中はバタバタと慌ただしい。
朝まで寝所の棚に飾ってあった餅が気付けばいつの間にか無くなっていた。
そう言えば、寺院内のあちこちに飾ってあった餅も無くなっていることに想い至って、悟空は小首を傾げた。
どうしてだろう?と、考えて寺院の中をうろついている内に、いつの間にか本堂の前に来ていた。
朝からの慌ただしい空気の大元はここだったのかと、悟空は本堂の前の広い境内に作られた大きな竈とその上に乗せられた大鍋を見て納得した。

「何が始まるんだ?」

くべられる薪の数や鍋に入れられる材料を見ながら何が出来るのか想像出来ずに、不思議そうにその光景を見つめている悟空に、声がかけられた。

「今日は鏡開きの日なんですよ」

その声に振り返れば、笙玄が籠を抱えて立っていた。

「か…がみ、開き…?」

何それ?と、笙玄が告げた言葉を繰り返せば、

「はい、お正月に年神様にお供えしていた鏡餅を下げて割り、雑煮や汁粉に入れて食べ、一家の円満を願う行事のことで、その日が今日、一月十一日なんですよ」
「へぇ…そうなんだ」

笙玄の説明に頷きながらもよくわかっていないのか小首を傾げる悟空に、笙玄は抱えた籠の中身と、境内で湯気を上げている大鍋を示して、

「だから、今日はおぜんざいを食べる日なんです。それに、信者の方々にも振る舞うので、ああして大鍋で炊いてるんですよ」

と、笑って見せた。

「ぜん…ざい?──あっ!」

何かに気付いた悟空の顔が、ぱっと輝く。
その様子に、笙玄の笑顔が深くなり、大きく頷き返し、

「はい、三蔵様がお好きなものです」

と、言えば、悟空も大きく頷いて、そして、

「…一緒に食べられる、の?」

と、問いが返った。

「大丈夫ですよ。もう少ししたら信者の方々への振る舞いが始まるので、今日はもう三蔵様のお仕事はお終いですから」
「やったっ!」

笙玄の答えに悟空は万歳と、それは嬉しそうに笑った。

「では、戻っておぜんざいを作るお手伝いをお願いしてもいいですか?」

悟空の喜びように笙玄が笑いながら問えば、

「うん!」

大きな頷きと返事が返った。



仕事を終えて三蔵が寝所へ戻って来た時、満面の笑みを誇らしげな顔に浮かべた悟空とぜんざいが出迎えたのだった。




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