チョコレート? (2009.2.11/寺院時代)
「チョコレート…」

ぼうっと、窓の外を見ていた悟空が突然、呟いた。
その大きくもなく、かと言って小さくもない声は食卓で新聞を読んでいた三蔵の興味を引くには十分な大きさだった。

「何だ?」

読んでいた新聞から顔を上げて問いかければ、悟空は酷く驚いた顔で三蔵を振り返った。
そのあまりの驚きように、今度は三蔵の方が紫暗を見開いた。

「…えっと…」
「…あ、ああ…」

お互いに驚いたことが気まずい空気を生む。
顔を見合わせたまま、どうしようかと廻らない頭を巡らせても、打開策など思い浮かぶはずもなく、二人はそのまま途方に暮れた。
と、厨の扉が開いて、笙玄が午後の茶の支度をしたワゴンを押して入ってきた。

「お茶になさいません…か…?」

空気に聡い笙玄が敏感に三蔵と悟空の間のぎこちない空気に気付いたのか、かける声の語尾が戸惑いに揺れる。

「何かございましたか?」

困惑したまま、すぐ傍の三蔵に問えば、

「な、なんでもねぇ…」
「な、な、何でもない」

二人同時に返事が返った。

「そ、そうですか…?」

その何処か慌てたような様子に小首を傾げつつも頷けば、ほっとした空気が二人の間に生まれた。
それに笙玄もほっとした気持ちになる。

「お茶、入れますね」

その気持ちのまま笑顔を返せば、窓際にいた悟空が笙玄の傍に小走りで駆け寄って、ワゴンの上を覗き込んだ。

「あ、チョコレート!」

白い皿に並んだとりどりのチョコレートを見つけた。
その声に、三蔵は先程悟空が呟いた言葉は、今、悟空が見ているチョコレートの匂いを気付いたのかと、思う。
そこまで動物的だとは三蔵は思わないが、ひょっとしてと疑念が湧く。
そんな三蔵の想いなど知らず、

「笙玄、さっき逢った時イイ匂いがしてたの、やっぱりこの匂いだったんだ」

と、悟空が言えば、

「はい、ちょうど時期でもありますから、こう言うのもたまにはいいかと思いまして」

笙玄の嬉しそうな返事が返る。
二人のやり取りにようやく三蔵は、先程悟空が呟いた「チョコレート」の意味を知った。

「…バカらしい」

理由を知れば、馬鹿らしいにも程がある。
こんなことに自分が狼狽えるなど、先程から今までのことを切って捨てたくなる。
にこにこと笑いながら笙玄の手伝いをする悟空の顔を見やり、ふつふつと殴りたくなる気持ちが湧いてくる。
明らかに八つ当たりではあるけれど、訳も分からず狼狽えた自分が恥ずかしくて、許せなくて、湧き上がる気持ちの矛先を向けずにはいられない。
けれど、今ここでハリセンを取り出して悟空を気持ちよく殴っても、今の状況だけを見た笙玄が怒るのが見えて、三蔵は奥歯を噛みしめて我慢したのだった。

そのお陰で、お茶の味もチョコレートの美味しさもろくすっぽ分からなかった。
その腹いせを悟空が受けたのはまた、別のお話。




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