呼ぶ聲 (2009.11.19/寺院時代)
遠出の仕事に出掛け、三日したら帰ると告げて出掛けた行った。
三日経ってもう帰って来るだろうと待ちわびて、外にも出掛けず待っていた。
けれど、日が暮れても、夜半を過ぎても帰って来ない三蔵を待っているうちに、いつの間にか眠ってしまっていたらしく、悟空は誰かの呼ぶ声で目が覚めた。
寝ぼけた意識で、自分を呼ぶ相手を捜しても、部屋の中は自分の気配だけで。
でも、確かに自分を呼んでいる気がして、温かく居心地の良い場所から悟空は起き上がった。

「誰?」

声をかけても答えはなくて、悟空は小首を傾げるように少し考えた後、窓辺に近づいた。

「…呼んでるんだけどな…何だろ?」

部屋の暖かさに薄く曇った窓硝子に手を当てれば、冷気が手のひらにしみた。

「冷て…」

まだ、秋も始まったばかりだと言うのに、この何日かは真冬のように冷え込んでいる。
今年は冬の訪れが早いのかも知れない。
そんなことを思わせる気候が続いていた。

悟空は冷えた手を擦り合わせて、まだ呼んでいるらしい気配に一つため息をつくと、窓を開けた。
途端、喧しいほどの聲が悟空の中に響く。

「…やっぱり…」

呼ぶ気配に、ひょっとしてと思い至った悟空の感は外れてはいなかったらしい。
この季節は大地も自然も還って来いとそれは煩く悟空を誘うようになる。
何度も何度も還らないと告げても諦めることをしない。
本当に嫌になるくらいだ。

けれど、悟空を呼ぶ声は優しく、甘く、心配げで、愛おしそうで、寂しい時などは気持ちが揺れることもあるけれど、自分は自分の意志で三蔵の傍にいると決めたのだ。
だから、三蔵を放って還ることなどできはしない。
いや、離れるなんて考えたくもない。

「俺は、三蔵といるって決めてるの。だから還らないってば」

聞き分けのない人間相手に話すように告げれば、ざわざわと窓から見える木々がざわめき、風が文句を言うように悟空の髪を引っ張る。

「もう…」

まろい頬を膨らませて、呆れたような困ったような表情を見せる悟空が、ふと、顔を上げた。

「うわぁ…」

昼間曇っていた空が綺麗に晴れ渡り、薄雲を纏うように星の河が姿を見せていた。
その煌めきに悟空から感歎の吐息と声がこぼれ落ちる。

「三蔵にも見せたいなあ…」

窓から身を乗り出すように両手を晴れた夜空に差し出して叶わない願いを口にする。

「今どこにいるんだろ…?もう、帰り着くのかな…まだ、ここまでは遠いのかな…」

叶わぬ願いを口にすれば、我慢していた思いも溢れてきて。

「早く帰って来いよな…さんぞ…」

ぐっと、唇を引き結んでいないと、押し込めていた不安が暴れ出しそうで。

「せっかく綺麗に晴れて、星がすっげえ綺麗なんだから…」

くしゃりと、歪んでくる表情が不意に、晴れたと思った途端、悟空は窓を飛び越え、裸足のまま駆け出して行った。
その後ろ姿を見送る風が、悟空が待ちわびる青年の気配を振り払うように小さな渦を巻いた。




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