立 春 (2010.2.4/寺院時代)
朝、微かな音を聴いた。
その音を聴いて、子供は思い出した。
今日は立春だと。
春が産声を上げた。
また、新しい春が生まれた。
もうそんな季節なんだと知る。
でも、今日も世界は真っ白で何も見えない。
春が生まれた音が聴こえたというのに…。
寝台の上に座って窓の外をぼんやり見ている子供はふわりと優しい温もりに包まれた。

「何を見ている?」
「…え?」

問われて振り返れば、子供の大好きな紫暗が見返していた。

「まだ…白いなあって」

子供の返事に紫暗が心配げに僅かに眇められる。
それに、子供はふわりと笑顔を見せた。

「大丈夫だよ、さんぞ。大丈夫…」
「そうか?」
「うん」

子供を包む温もりが深くなる。

「だって、春が生まれる音が聴こえたから。もう春なんだって…」
「春か…?」
「うん、春。だから白くても大丈夫」
「そうか」
「うん」

頷いて、子供は三蔵の方へ向き直った。

「大丈夫だからね」

そう言って、子供はぎゅっと三蔵に抱きついた。
春が来る。
暖かく優しい季節が。
自分を包むこの優しい温もりのような季節が。

「大丈夫」

三蔵を安心させるように繰り返される子供の言葉は、

「…悟空」

子供の名前の囁きと共に、振れる口付けに消えた。




close