胸の痛み (2010.7.29/寺院時代)
綺麗な女の人と三蔵が歩いているのを見つけた。
二人の姿はまるでずっと前に見た絵のように綺麗で、お似合いに見えた。
なんとかって言う国主のお姫様だって言ってた。
キラキラしてとても綺麗。
そんな二人を見ていたら、胸の辺りが痛くてたまらなかった。
どうしたらいいのかわからないでいたら、三蔵が俺に気付いた。
そして、

「何て顔してやがる」

そう言って、俺に近づくなり、袂で俺を包み込むようにして抱き込んでしまった。
衣のイイ匂いとタバコの匂いに俺は身動きできないままでいたら、三蔵の衣を通して、あの綺麗な女の人の声が聞こえた。

「隠してしまわれなくてもよろしいのに」

残念という声に、三蔵のむっとした声が返る。

「…減る」
「まぁ…」

減るって…何が減るのかわからなかったけれど、三蔵の返事に女の人の呆れたような声と笑い声が聞こえた。
そして、

「哀しませるようなことはこちらも望んではおりませんので、お返事は否とお父様にお伝え致します」

と、笑いを堪える声音で女の人はそう言った。

「…大事になさって下さいませね。では、失礼致します」

衣擦れの音がしたあと、靴音が遠ざかっていく気配に俺は身体を固くしていた。
女の人の靴音が聞こえなくなったと思ったら、三蔵の衣が俺から離れた。
思わず離れる袂を掴めば、三蔵の動きが止まり、少し見開いた紫暗が見下ろしてきた。

「…ぁ…あ、ゴ…ゴメン…」

慌てて手を離して謝れば、三蔵の手が俺の頭を叩くように掻き混ぜる。
その仕草と一緒に、ため息混じりの言葉が降ってきた。

「…バカが、ない頭で余計な気を回して、くだらねえこと考えてんじゃねえ」
「……ぇ?!」

三蔵の言葉に顔を上げれば、

「バカ面…」

そう言って、頭を叩かれた。

「さんぞ…?!」

訳がわからなくて三蔵を見やれば、三蔵は背中を向けていて、

「戻るぞ」

そう言って、歩き出した。

「ぅ…えぇ??──ぁ…待って!」

本当に訳がわからなくて、でも、さっきまでの胸のもやもやや痛みなんか何処かに行ってしまう。
離れて行く三蔵の背中を俺は慌てて追いかけた。




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