寺院の中に白クマが一頭。

金髪に紫暗の瞳のそれは美しい白クマが、広い部屋の中を行ったり来たり。

愛しい幼子の帰りを待ちわびている。




ただいま!




子供が街への道を駆けて行く。
大地色の髪をなびかせて、零れそうな黄金の瞳を輝かせて。
その後をつかず離れず、一つの影が付いて行く。
前を行く幼子を見守るように。






ことの発端は些細なことだった。



悟空を寺院に連れ帰って、かれこれ二年が経とうとしていた。

その間、寺院の近く以外へは出さずに来た。
正しくは出なかったと言った方がいいかもしれない。
それが良いか悪いかは別として、三蔵の傍を離れたがらない悟空の意志を尊重してきた。
悟空が、世間から隔絶されてきた時間を考えれば仕方ないことかもしれなかった。
それでもごく偶に、三蔵が悟空を連れて買い物や食事に街へ行くことがある。
そんな時の悟空は三蔵の側から離れないように、三蔵の服の端を掴んできょときょとと、怯えたように付いてきていた。
だから無理に街へは行かせることも行きたがることもなく、普段は寺院の奥庭や裏山で遊ぶことで悟空は満足しているようだった。



そんなある日、三蔵は手持ちの煙草が切れたことに気が付いた。

未成年者のくせにこの頃にはいっぱしの喫煙者に、三蔵は成り下がっていた。
将来のヘビースモーカーへの道を邁進している三蔵にとって煙草がないと言うことは、精神の安定と精神衛生上著しい問題を生じる状態を意味した。
手持ちの煙草の最後の一本に火を付け、いつも煙草をしまってある引き出しを開けて、ストックが一箱も無いことを知る。
小さく舌打つと、いつも煙草のしまってある棚を見に寝所へ戻った。
だが、そこに期待した煙草の買い置きはなく、三蔵は天を仰いだ。
時計を見れば、笙玄の買い出し時間はすでに終わっており、今は厨で買ってきたものの整理をしているはず。
その笙玄にもう一度、買い物に行けと何となく言い出しにくい三蔵は、どうしたものかとがしがしと頭を掻いた。

そこへ悟空が入ってきた。

仕事をしているはずの三蔵が寝所にいることに驚いて大きな瞳を一瞬見開いたが、すぐに零れんばかりの笑顔を浮かべて走り寄ってきた。

「さんぞー」

その声に振り向けば、悟空がすぐ傍で嬉しそうに笑っていた。
その様子にちぎれんばかりにしっぽを振る子犬の姿を重ねて、三蔵の口元が微かに綻ぶ。

「なあ、なあ、仕事終わったのか?」

くいくいと僧衣の袂を引っ張って聞いてくる悟空に、三蔵は何かを思いついた。

「いや、まだ終わってねえ」
「じゃあ、何で戻ってきたのさ?」

わからないと、小首を傾げる悟空に、三蔵は口の端を上げて笑った。

「何…?」
「お前、使いに行ってこい」
「使い…?使いって、何?」

きょとんとする悟空に、三蔵は「えっ?!」という顔をする。
そこへ、厨から笙玄が姿を見せ、執務室にいるはずの三蔵の姿を見つけて声をかけた。

「三蔵様?」

その声に二人が振り返った。

「笙玄、さんぞが俺に使いに行けって言うんだ」
「お使い…ですか?」
「うん」

悟空の言葉に、半ば呆れたような声音で返事をする笙玄を三蔵は睨んだ。

「三蔵様、本当でございますか?」
「ああ、だから何だ?」

別に後ろ暗いことはないのだが、笙玄の物言いに何となく三蔵は、罪の意識に襲われてしまう。

「なあ、使い、お…使いって…何?食えるの?なあ…」

一瞬交錯した三蔵と笙玄の緊張を一蹴する悟空の質問に、三蔵はがっくりと肩を落とし、笙玄は引きつった笑顔を浮かべた。

「悟空、お使いというのは、言いつけられた用事をする事で、三蔵様が仰っていらっしゃるのはお買い物に行ってこいと言うことなのです」

言い聞かせるように話す笙玄の言葉を真剣な面持ちで聞いていた悟空の顔が、嬉しさに輝いた。

「それって、俺が三蔵の役に立つってこと?三蔵のためになるの?」

勢い込む悟空に、笙玄は困ったように頷くしかなかった。

「んで、何を買い物に行くの?何を買ってくればいいの?」

くるりと悟空は三蔵に向き直った。

「煙草だ」
「煙草?…あっ!」

三蔵の言葉に笙玄は、何かを思い出したような声を上げた。

「何だ?」
「買い置きの分も無いのですか?」
「ねえよ」
「それは、気が付きませんでした」

そう言って深々と頭を下げる笙玄に三蔵は、深いため息を吐くことで許しを与え、悟空に、

「一箱も一本もねえんだよ。だから、大急ぎで行ってこい」

と、お金を渡した。

「マルボロ赤ソフト、3カートンだ。言ってみろ」
「…マル…ロボ…赤……3カー…あれ?」

三蔵が言った煙草の銘柄を悟空に復唱させるが、酷く怪しいのに顔を僅かに顰めると、三蔵は手近な紙をメモ用紙代わりにして、大きな字で”マルボロ赤ソフト、3カートン”と書いてやった。
そして、その紙とお金を巾着袋に笙玄が入れてやり、悟空の首から提げた。

「落とさないでくださいね。気を付けて行くんですよ。たばこ屋さんに売っていますからくれぐれも間違わないでくださいね」
「うん。たばこ屋さんだな」

笙玄の言葉に首から提げた袋を握りしめて頷く。

「寄り道すんな、サル」
「わかってるよぉ」

ぷっと、頬を膨らませて三蔵を見ると、

「気を付けて行ってこい」

と、悟空の頭をかき混ぜた。

「うん!」

零れんばかりの笑顔を残して、悟空は出かけて行った。





















風が嬉しそうに道を走る子供の髪にまとわりつく。
柔らかな季節が、子供の浮き立った気持ちに明るい色を添えていた。

暖かな日差しを受けて、悟空は街への道を駆け下る。
やがて、街の門が見えてきた。
人々が行き交う街道と交わる道で、悟空は立ち止まった。

そして、今頃になって気が付いた。

自分は、三蔵と出会ってから一度も街に一人で来たことがないと言うことに。

突然、胸を覆う不安。
今までの嬉しい気持ちが、あっという間にしぼんで行く。

「どうしよう……」

三蔵と笙玄以外の人間は、苦手だ。
自分のことを妖怪だ、異端だと恐い顔で睨むし、恐い言葉を投げてくるから。



でも・・・。



今日は三蔵のために来たのだ。
三蔵の役に立つためのお使い─────悟空の仕事。
初めての仕事。

「俺、頑張る!」

きゅっと、首から提げた巾着袋を握ると、悟空は街の門に向かって歩き出した。






悟空が立ち止まった場所から少し離れた木の陰から笙玄は、その様子を見つめていた。
何を思って立ち止まったのか、思い至った笙玄は傍に行って「大丈夫だ」と、励ましてやりたかった。
だが、悟空の後を付いていくと言った時に、三蔵と約束したのだ。

何があっても見てるだけで、姿を見せないと。

本当なら三蔵自身が付いて来たかったに違いないのだ。
悟空のことを邪険に扱っているようでいて、細やかに気を遣う三蔵が、心配でないはずはないのだから。
笙玄は小さく詰めていた息を吐くと、また歩き出した悟空の後を追った。






悟空はこわごわと街の門をくぐった。
その目の前に広がった町の様子に、しばし悟空は目を奪われて、動くことができなかった。

門から続く大通りは、左右に沢山の家や商店が並び、その間を様々な露店が店を出して賑やかな市を形作っていた。
行き交う人々は、あるものは山のような荷物を積んだ荷車を引いていたり、馬に荷車を引かせているもの、背負った荷物を店に納めに来たもの、買い物にきたものや旅人等で、あふれかえっていた。
居並ぶ店に目を向ければ、食べ物、花、雑貨、洋服等様々なもの、色とりどりのものが、声高に客の呼び込みをする商店主達によって売られていた。

悟空は一呼吸、思いっきり深呼吸すると、目的のものを捜して市の中に一歩を踏み出した。




まず、目に付いたのは綺麗なチューリップやスイトピー、バラ等を売っている花屋だった。
足を止めて、店先に並べてある黄色いガーベラの花弁に見とれた。
その幸せそうなはんなりとした笑顔に、店の店員は悟空が見つめるそのガーベラを一輪、悟空に差し出した。

「お花好きなのね。そんなに幸せそうに眺めてくれたらお花たちも幸せだわ。お礼にこれ、あなたにあげるわ」

目の前に差し出された黄色いガーベラと共にかけられた声に悟空はびっくりして、その場を走り去ってしまった。

「あっ…」

駆け去って行く小さな背中に、店員は小さなため息を吐くのだった。




走っていて人にぶつかった。

「ご、ごめん」

謝って顔を上げれば、店の看板用の人形だった。
その自分の所行に悟空は小さく笑うと、どきどきする胸に手を当てて気持ちが落ち着くのを待った。
その手に、三蔵と笙玄が持たせてくれた巾着袋が触れた。

「さんぞ…」

ぎゅっと、巾着袋を握って三蔵の名前を呼ぶと、気持ちが落ち着いてくる。
ゆっくり、また深呼吸すると、悟空はたばこ屋を捜すことに思い至った。

「そうだ、たばこ屋!」

はっと、顔を上げて当たりをきょろきょろと見回すと、路地で遊ぶ悟空と同じ年頃の子供達と目が合った。

「なあ、なあ、お前、見かけない奴だな」
「えっ?」
「あ、あたしこの子知ってる。えっと…三蔵法師様と一緒にお買い物してるの」
「俺も」

わやわやと子供達に悟空は囲まれてしまった。

「…あ…あの…」

どぎまぎしている悟空の手を一人の子供が取った。

「なあ、今日はお前一人?」
「う、うん」
「三蔵法師様は?」
「えっと…寺で仕事してる」
「うんと…あたし萌春。あんたは?」

女の子がそう言って、悟空の顔を覗き込んで笑った。

「俺?俺は…悟空、孫悟空」

名前を聞かれてようやく悟空の顔に笑顔が浮かんだ。

「俺、瞬瑛」
「あたし、華」
「海」
「俺は、艮。よろしくな悟空」

それぞれが自己紹介し、悟空に笑いかける。
その笑顔に悟空も

「よろしくな」

と、満面の笑顔を浮かべたのだった。






家の影からその様子を見て、笙玄は嬉しくなった。
寺院に閉じこもりがちで、遊びに行くのは奥庭や裏山ばかりで、人との接触が極端に少なかった悟空に友達ができそうなのだ。
これは、ぜひ三蔵に報告しなければと、子供達と笑い合う悟空の姿に、笙玄は胸を熱くするのだった。





















白クマよろしく、三蔵は居間の中を落ち着かない様子でうろうろしていた。

そうなのだ。

三蔵は悟空を送り出し、笙玄を送り出してようやく気が付いたのだ。
悟空を五行山から連れ出して以来、街へ一人で出したことがないことに。

思い起こせば、街へ連れて行くと必ず、何かに怯えたように傍を離れなかった。
まるで置き去りにされるのではないかとでも言うように。
だから、今まで傍から離さずに来たのではないか。
それを今日に限って、いとも簡単に一人で送り出してしまった。
そう思えば、途端に不安になる三蔵だった。

途中で道に迷ってはいないか。
急ぎすぎて、転んではいないか。

変な奴に声をかけられてはいないか。
店の売り物を壊していないか。

何より、一人で町へ来たことがない、そのことを思い出して不安になっていないかと。

イライラ、うろうろ、自分の考えに益々、落ち着きを無くす三蔵だった。





















悟空は子供達と遊び始めた。

鬼ごっこやかくれんぼ。

一人ではできない遊びを声をかけてきた子供達と堪能した。

「今度は悟空が、鬼な」

じゃんけんで負けてそう言われ、頷きかけた悟空がはっとしたように周囲を見回した。

「どうしたの?」
「…あ、えっと……」

きょろきょろ周囲を見回して、通りの西側の角で煙草を吸う人を見つけた。
その人は、たまたま三蔵と同じ銘柄の煙草を吸っていたのだろう、嗅ぎ慣れた煙草の臭いに、悟空は何故、一人で街へ来たのか思い出した。

「俺、三蔵のお使いってので来たんだったんだ」
「お使い?」
「うん。お使い」
「何の?」
「えっとぉ…煙草」

悟空の答えにその場にいた子供達は、びっくりした。
門前町であるこの街では、寺院も多くその為たくさんの僧侶達を見かける。
だが、誰一人として、煙草を吸う者は居ない。
戒律で厳しく止められているのだと、母や父、祖父母から聞かされていた。
それなのに、最高僧たる三蔵法師が煙草を吸うなんて。

「お坊さんは、煙草吸っちゃいけないって母さんが言ってたぞ」
「でも、三蔵は吸うんだ。で、煙草が無くなったから買いに来たんだ」
「変なの」
「変じゃないもん」

ぷうっと頬を膨らませる悟空に、子供達はお互いを見合った。

「三蔵は偉いから…だから、煙草吸ってもいいんだもん」

泣きそうな声で回りの子供達に悟空は、精一杯反論する。
一緒に遊んだ僅かな間に、悟空が話すことは三蔵のことばかりで、いかに悟空が三蔵のことを好きで、大切か、幼い心にも十分理解することができた。
だから、悟空がそう言ったとしても仕方のないことだ。
そして、僧侶が煙草を吸ってはおかしいと、悟空を攻めてどうなることでもなかった。

「ごめん、悟空」
「ごめんな」
「ごめんなさい」

口々に泣くのをこらえる悟空に、子供達は謝った。
それに悟空は小さく頷くと、涙の堪った瞳を手で拭った。

「…あのさ、たばこ屋さんってどこ?」

涙を拭いて、ちょっと恥ずかしそうに笑った悟空の問いかけに、艮が頷いた。

「知ってるぞ。俺、父ちゃんの使いでよく行くんだ」
「だったら、連れてってくれる?」
「おう、いいぜ!」
「ありがと」

悟空が笑うと、艮も子供達も笑った。
そして、悟空を取り囲むようにして、たばこ屋に向かって走り出した。











「おばさーん!」

たばこ屋の店の扉を開けながら、艮が店の奥へ怒鳴った。
すると、すぐに愛想の良い声が返ってきて、恰幅のよい女将が姿を見せた。

「いらっしゃい。おや、艮。父ちゃんのお使いかい?」

店先に居る子供の中に顔なじみの艮を見つけて、女将は相好をくずした。

「俺じゃないんだ。こいつ、悟空が用事なんだ」

艮はそう言って、悟空を女将の前に押し出した。

「おや、可愛い子だね。初めてかい?」
「う、うん」
「そうかい。で、誰のお使いだい?」
「えっと…三蔵」
「三蔵?三蔵って、三蔵法師様かい?」
「そうだよ」

悟空の言葉に女将が、びっくりして大きな声を上げる。
それに悟空も驚いて逃げだそうとして、艮にぶつかった。

「悟空?」
「あ…えっと…あの…」

悟空の態度に女将は、改めて優しい笑顔を浮かべると、悟空を呼んだ。

「びっくりさせちまったね」
「う…うん、あ、いや…別に…その……」
「わるかったょ」

と言って、女将は悟空の頭を撫でた。

「で、三蔵法師様の煙草かい?」
「そ、そう。えっと…」

悟空は頷くと、首から提げた巾着袋から紙とお金を出して、女将に手渡した。
女将は震える手つきで差し出されたそれを受け取ると、メモ用紙を開いた。
そして、店の奥の棚へ向かうと、三蔵愛飲の煙草を持って戻ってきた。

「はい。これがそうだよ」
「あ、ありがとう」

にこっと笑った悟空の笑顔に、女将も柔らかな笑顔を返すと、煙草を紙袋に入れて悟空に手渡し、おつりとレシートを巾着袋に戻してやった。

「気を付けてお帰り。三蔵法師様によろしくお伝えしておくれよ」
「うん。ありがとう」

悟空は零れるような笑顔を向けると、艮たちと一緒に店を後にした。











たばこ屋の向かいの家の陰から悟空の買い物を見届けた笙玄は、寺院へ戻ることにした。
三蔵と留守番しているはずの自分が、悟空が帰った時に三蔵の側に居ないことは不自然だと、思い至った為だ。

まだ、悟空のことは気がかりだったが、足の速い悟空より先に寺院に着かなくてはいけないと思うと、時間はそんなになかった。

笙玄は子供達と楽しそうに街の門に向かう悟空を振り返り振り返り、大急ぎで寺院を目指して歩き出した。











帰り道、子供達の家を教えてもらいながら、悟空は子供達に見送られて帰ることとなった。

途中、艮の姉がひと月ほど前に結婚して、新婚ほやほやでその熱々ぶりが面白いからと、その二人を見に行くこととなった。
事情のよくわからない悟空ではあったが、好きな者同士が一緒に住んでいるその様子がとても気になったので、素直にその誘いにのった。

「あそこが、姉ちゃんの家」

指さした家の戸が丁度開き、艮の姉だろう女性が家の前に立つ男性を迎え入れるところだった。
二人は二言、三言、言葉を交わすと、ゆっくりと抱き合い、男性が女性の頬に軽く口付けた。
女性も少し頬を赤らめて男性の頬に口付け、二人は肩を抱き合って家の中に入って行った。

「な、面白れーだろ。いっつもああやってんだぜ」
「何言ってんの!好き合って結婚したんだからいーのよ」
「女はすーぐそう言うんだ」
「あら、いーじゃないねえ」
「ねえ」

喧しく言い合う艮達をよそに、悟空は今見た光景が頭から離れなかった。



帰ったら、三蔵にしてみようか。



悟空はそう思い立ったら、居ても立ってもいられなくなった。
早く、一分一秒でも早く三蔵の顔が見たくなる。

「俺、帰るな」
「えっ?悟空?」
「また、遊んでくれよな」

艮達の返事も待たず、悟空は寺院に向かって走り出した。











寺院への道を飛ぶように走る子供の背中を追うように、夕焼けが始まろうとしていた。











寺院では、子供の帰りを今か今かと、落ち着き無く動き回って待っている美しい白クマがいる。
自分で思い描く不安材料に、益々落ち着かない心で、愛し子の帰りを待ちわびている。











悟空は寺院の総門を抜け、僧侶達に見つからないように回廊を渡って、三蔵の待っている寝所を目指して走った。
ようやく、寝所の扉の前に付くと、切れた息を整えるように深呼吸を何度もし、手に持った紙袋の中身を確かめ、首から提げた巾着袋をちょっと握ってから、扉に手をかけた。

「ただいま!三蔵」

勢いよく開けた扉の前に、三蔵が立っていた。
予想もしなかった状態に、悟空は一瞬、呆けたような顔を見せたかと思うと、見たこともないような輝く笑顔を浮かべ、三蔵に抱きついた。

「さんぞ、ただいま!ただいま!さんぞぉ」

抱きついてきた悟空をしっかり受けとめて、三蔵はようやく心から安心した。

無事に帰った来たことに。
何事もなかったことに。

「三蔵、あのな、あのな…えっと、ただいま」

身体を離し、三蔵を見上げ、ちょっと頬を染めて悟空はそう言うと、三蔵の頬にそっと口付けた。
それに三蔵は紫暗を大きく見開いて、しばらく無言で固まっていたが、悟空の唇が離れた途端、柔らかな笑顔を浮かべた。
そして、

「おかえり」

と、小さな小さな声で答えてやった。




end




リクエスト:悟空の初めてのお使い編、ただいまのちゅうのおまけ付き。
45000 Hit ありがとうございました。
謹んで、鷹耶 光さまに捧げます。
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