[three]
「悟空、どうしたんです?」
じっと見つめていた写真から視線を上げた悟空が、光明を振り返った。
「あ…うん、これ、金蝉だよな…って」
もう一度視線を戻せば、
「ええ、金蝉です。そして、江流の父親ですよ」
横から覗き込んできた光明から返事が返った。
「そうなんだ…。だからあんなに金蝉に江はそっくりなんだね」
「ええ、江流は父親によく似ています。性格も残念ながら似てしまって」
にこにこと、少しも残念に思っていない顔で話す光明に、悟空は笑顔を見せた。
「うん…金蝉は本当に優しい人だったから、性格も似ている江はあんなに優しいんだな」
写真に写る姿を指でなぞる。
「悟空…?」
「なんでもない。俺、親の記憶がねぇし、あんな所にいたから…」
そう言って笑う笑顔に何を思ったのか、光明は悟空を抱きしめようと手を伸ばした。
その傍らを小さな影が走り抜け、どんっと悟空の腰に当たった。
「うわっ!」
「おや」
「泣くな」
「えっ?!」
悟空の腰にしがみつくようにして抱きついた小さな影から強い声がした。
見下ろせば、江流が睨むように悟空を見上げていた。
「泣くな」
もう一度、江流はそう言って悟空の腰に廻した腕に精一杯力を入れる。
その姿に悟空は小さくため息をこぼして、江流の綺麗な金糸を撫でた。
「泣いてないよ、江」
「本当に?」
「うん、泣いてないし、泣かないよ」
答える悟空の顔をじっと見つめたあと、
「わかった」
頷いて、江流は離れると、背中を向けた。
「江?」
悟空の声にぴくっと小さな肩を揺らしたあと、走り去ってしまった。
その後ろ姿を見やれば、形のいい耳が赤く染まっていた。
「悟空」
光明に促され、悟空は江流の後を追った。
それを見送った光明は写真へと視線を移し、
「お前の子供達は皆、いい子に育っていますから安心して下さいね」
そう言って、愛おしそうに写真に写る人物を撫でたのだった。
小さな影が廊下の角を曲がって消える。
あの先はバルコニーから庭に出る。
悟空はすぐ傍の部屋のドアを開けると、部屋に飛び込み、窓に向かって走った。
鍵を開けている窓から江流の姿がバルコニーに見える。
悟空は急いで窓を開け放ち、そこから庭に飛び出した。
生け垣を跳び越えて、バルコニーから庭に出た江流の前に立った。
「うわっ!」
勢いが止まらず、江流は悟空にぶつかった。
「捕まえた」
小さな身体を抱きしめれば、離せと暴れるから、悟空は抱き上げた。
「暴れんなって」
それでもじたばたと暴れる江流を支えきれず、二人は庭に転がった。
「…ってぇ…」
起き上がれば、江流は悟空を下敷きにした格好だった。
慌ててどこうとする腕を掴まれ、そのまま悟空の腕の中に閉じ込められた。
「はな…」
抱きしめる悟空の腕の力の強さに江流は暴れようとするのを止めた。
「悟空…?」
名前を呼べば、腕の力がまた強くなる。
「泣いてるのか…?」
何も答えない悟空の様子に、泣いているのかと問えば、
「違うよ」
と、くぐもった返事が返った。そして、
「ありがとな。江が傍にいてくれて嬉しいよ」
そう言って悟空は、江流に笑顔を見せた。
その笑顔が泣いているように見えて、江流は悟空の首に腕を回して、慰めるように大地色の頭を撫でた。
「江の方が兄ちゃんみたいだな」
「おう」
「うん」
どことなく胸を張って頷く江流に、悟空は今度こそ声を上げて笑ったのだった。
以降、本文にて
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