「雨…止まない」 窓にもたれて見上げる空は、重たい雲に覆われて、細い雨に煙っていた。
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星祭り |
悟空を拾って一緒に暮らし始めた二度目の夏、どこで聞いてきたのか、星祭りをしたいと言い出した。 けれど、その日は星祀り。 それは寺院上げての星供養の日で、三蔵が構ってやる暇などない。 世間一般で言う七夕とは違う、厳然とした法要で。 言ったところでこの養い子が納得するとは思えず、仕方なく三蔵は忙しい中、悟空に請われるまま笹飾りを作ることに付き合った。 「こんなもんだろう…」 出来上がった笹飾りはそれなりに形を成して、細い笹の枝に所狭しとぶら下げられた折り紙の飾りが、陽の光に光っていた。 「大人しくしていろよ」 そう言い置いて、三蔵は星祀りの法要に出掛けて行った。
「雨…止まないと、織り姫と彦星が逢えないのに…」 一年に一度だけ許された逢瀬。 「そんなの…可哀想じゃん……」 もし自分だったら…そう思うだけで、悟空は悲しくなる。 「絶対やだもん…」 恨めしげにいつもより早くに日暮れを迎えた空を見上げて、悟空はまろい頬を膨らませた。
法要を終えた三蔵が寝所に戻ってきた時、時間は深夜に近かった。 養い子は、悟空は開け広げた窓の下で、蹲って眠っていた。 「──っ!バカが」 我に返って慌てて駆け寄れば、暑い季節にもかかわらず、悟空の身体はしっとりと濡れて、冷たく冷えていた。 「……ん…」 寒かったのか、三蔵が与える温もりを感じたのか、三蔵の腕の中でもっと温かさを求めるように三蔵の方へ身体を悟空はすり寄せる。 「…ん…ぁ…」 幼子がむずかるような仕草を見せ、悟空は半分焦点の定まらない視線を三蔵に向けた。 「ぁ…さ、ん…ぞ…?」 不思議そうに三蔵の顔を見上げる瞳にだんだんと覚醒の色が宿って行く。 「目が覚めたか」 言えば、悟空はきょとんとした顔付きになった。 「…あれ?───うわっ!」 もぞもぞと動き、自分が今、どういう状況に置かれているか、悟空はようやく気付いた。 「ぁあ…あ、の…あの、ゴメン」 その声で我に返った三蔵は、まだ熟れたトマトの顔色のまま、項垂れる悟空を見やった。 「何がゴメンなんだ?」 問えば、 「あ…や…あの…その…だ、抱っこ…」 もじもじと歯切れの悪い返事が返る。 「ふぇ…?!」 突然視界を覆った羽黒の衣の薄い生地の闇に悟空は、驚いて顔を上げた。 「…さんぞ?」 訳がわからずに名前を呼べば、衣ごと頭をぐしゃぐしゃと掻き回された。 「な、何だよぉ…」 くしゃくしゃになった頭に同じようにくしゃくしゃになった衣からむくれた顔を出せば、あっという間に悟空は三蔵に抱き上げられてしまった。 「ちょ…ちょっと、さんぞ、三蔵ってばっ」 自分の状況に、下に降ろせと暴れれば、返事の代わりに肩に担ぎ上げられてしまう。 「三蔵っ!やだ、降ろせってば」 暴れる悟空をモノともせず、三蔵は片手で湯殿の扉を開け、そのまま悟空を浴槽に放り込んだ。 「うわっ!」 派手に上がる水しぶきを満足そうに見やった三蔵は、 「汗かく程、温もってこい、サル」 捨て台詞のように言葉を吐いて、湯殿から出て行った。 「…信じられねえ…」 湯船に広がる三蔵の衣を見やって、悟空は呆れながらもこぼれてくる笑いを止めることが出来なかった。
悟空を湯殿に放り込んだ三蔵はそぼ降る雨を見つめながら、悟空が風呂から上がって来る頃には、雲が切れていればいいと、柄にもなく願う。 「…ま、機嫌が直ってればいいか」 手荒に悟空を扱った自分の行動を正当化して。 「三蔵、あがった…──んで…おかえり」 振り返れば、暖まったのだろうまろい頬をバラ色に染めた悟空が立っていた。 「ああ…」 返事をして頷けば、悟空は照れたような笑顔を浮かべた。 「雨…止まなかった…」 その頷く気配に、まだ機嫌は直っていないと気付いて、三蔵はまだ濡れて湿っている頭をぽんぽんと、叩いた。 「何?」 びくりと首を竦めて三蔵を振り返れば、 「心配しなくても二人はちゃんと逢えてる」 そう言われた。 「何、で…?」 問えば、 「邪魔されたくないから隠すんだよ。イチャイチャするバカップルなんざ、俺も見たくねえ」 と、宥めるような、嫌そうな返事が返った。 「何、それ…」 その返事に悟空はくすくす笑いが浮かんでくる。 「ありがと…」 言えば、また、頭を掻き混ぜられた。
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