香 水
悟空は人工物が苦手らしい。

嫌いという域にまでは達していないが、好きでないのは明らかだ。
まあ、本人が自然の産物そのものだから当然と言えば、当然なのだが。

例えば装飾品。
自然鉱脈からの産物、金、銀、鉄に始まる天然石に至る類は平気らしいが、人工的な匂いのするモノを身につけるのは嫌がる。
本人曰く、

「気持ち悪い」

らしい。
俺自身も飾り立てたヤツは胡散臭いし、鬱陶しいからそれが悪いとも思わない。

あと、香水。
あれは毛嫌いしている。

以前、後宮の女どもや貴族のご令嬢や奥方を相手にして、俺の身体に染みついた人工的な花の香りに、無意識に俺を避けてくれた。
原因を突き止めれば、移り香が嫌だとか、俺が別人みたいな気がしただとかそんなことを言っていた。

そう、悟空は鼻が利く。

動物だからそれも当たり前だと言えばそうなのだが、特に俺に関しての嗅覚は鋭い。
お陰で身体に纏う匂いに気を付けないと、妙な勘ぐりやら余計な考えを悟空に与えてしまう。
気が付くのが遅れれば、それだけ悟空の気持ちの揺らめきが大きくなって、フォローに時間と労力を使わなければならなくなる。

ゴメン被りたい。

悟空は屈託なく笑って、遊んでいればいい。
日だまりのような子供なのだから。

そこまで考えて、現実に引き戻された。

「三蔵様?」

笙玄の訝しげな声と顔が、俺を覗き込んでいた。

「…あ、いや」
「そうですか?」
「ああ…。で、何だ?」
「あ、はい。この書類に目を通して頂きたいのですが…」

差し出された書類を受け取りながら、ふわりと薫った匂いに俺は笙玄を振り返った。

「おい」
「はい?」

ぐいっと笙玄の僧衣を掴んで嗅いだ。
そんな俺の仕草に笙玄はびっくりした顔で、固まっている。

「さ、さ、さ、三蔵、様?」

笙玄の僧衣から薫った匂いは、今朝の悟空と同じ薫り。
いってらっしゃいと、俺に抱きついた時に薫った仄かな甘い薫り。
日向の匂いに混じってそれはとても悟空に似合っていて、思わず口元が綻んだ。
それと同じ薫りが笙玄から薫った。

コイツと悟空が親子のように引っ付いているのはいつものことだ。
だが、身体から薫る匂いまでが相手に移るほど傍に、それも長時間引っ付いて居たというのは、面白くない。

「この匂いは何だ?」

笙玄を咎めるような声が出てしまった。
仕方ないだろう。
俺は煩いんだから。

「へっ?」

俺の言ったことが理解できなかったのか、きょとんとした顔をした笙玄だったが、すぐに気が付いたのか、破顔した。

「ああ、これは…ちょっと失礼します」

僧衣の懐を探って、掌ほどの小袋を俺に差し出した。

「匂い袋?」
「はい。先週、悟空がミモザの花がたわわに咲いた枝を持ち帰って来ましたので乾燥させて、匂い袋にしたんです」

僧衣から手を離した俺に笙玄はその匂い袋をくれた。

「悟空とおそろいなんですけど、よろしかったらお使い下さい」

そう言って、笑いやがった。

「笙玄…」

俺が何か言う前に、笙玄は扉の傍に移動して、

「私に焼き餅、焼かないで下さいませ」

そう言って、部屋を出て行った。
反射的に投げた文鎮が、扉に当たって重たい音を上げた。

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